ということで、今まで語られることのなかったalanの生い立ち。彼女が「アジア中の架け橋になりたい」という夢を抱き続ける理由。あのCoccoが『群青の谷』の詞を書き下ろした真相。そして、シンガーソングライターとしての才能も覗わせた最新アルバム『my life』について、日本で暮らしてまだ2年とは思えない言語能力でもって語ってもらいました。
−−今日はhotexpress初登場ということで、ニューアルバム『my life』についてはもちろん、alanさんの歴史についてもお話を聞かせて頂きたいんですが、まずalanさんが最初に音楽を好きになったきっかけって何だったんですか?
alan:母もチベット民謡の歌手なんですけど、私が生まれた街はみんな音楽が大好き。歌うのも踊るのも、お酒を飲むのも(笑)。だから音楽は気が付いたら大好きだった。それで母が自分の仕事を辞めてまで、私を四川音楽学院付属中学にニ胡を勉強させるために通わせてくれて。あと北京の大学で声楽の勉強をするときも母がついてきてくれました。おかげでたくさん音楽の勉強ができたことが、今に繋がってると思います。
−−子供の頃はどんな女の子だったんでしょう?
alan:母が歌手でお父さんは軍人だから2人ともすごく忙しくて、いつもおばあちゃんに遊んでもらってて。おばあちゃんは全然厳しくないから、私はすごくおてんばの女の子でした。私たちが暮らしていた美人谷は田舎で山とか湖がいっぱい。そういうところで走り回ったりしていたから、今も古傷がいくつか残ってます(笑)。頭にもいくつか……。それで心配をした母が私を女の子らしく静かにするためにニ胡の勉強をさせました。
−−そんな女の子がどのようなタイミングでプロのシンガーを目指すようになるんだろう?
alan:J-POPの勉強を始めたのは2年前ぐらいなんですが、物心ついた頃からチベット民謡は歌っていて、遺伝子のおかげもあったのかな(笑)。だから昔から歌にはちょっと自信あったんです。でもプロのアーティストになれたのは、本当に偶然。2006年のavex china新人発掘オーディションに参加してみたら、それがきっかけでデビューが決まったんです。
−−デビューが決まったときはどんな気持ちになりました?
alan:そのときはavexという会社のことを知らなくて。でも所属しているアーティストは知っていたんです。浜崎あゆみさん、安室奈美恵さん、BoAさん、東方神起さん、有名な人がたくさんいたので。それでオーディションの後に日本に来て【a-nation】を観させてもらったんですけど「うわ!すごいなぁ」「私もあのステージで歌いたい」と思って。それで日本のavexからデビューすることを決めました。
−−ただ、alanさんはデビューするために故郷を離れることになります。しかも外国です。とても寂しかったんじゃないですか?
alan:寂しいよ。今もたまに寂しい。でも私が選んだ道だから。音楽が好きで、自分の夢を叶えるべく、自分の信念を持って日本に来た。だから後悔はしない。一生懸命に仕事を頑張る。それでいっぱい良い音楽を作って、たくさんの方に歌を聴いてもらいたいんです。あと、もう日本に来てから2年経ったのでだんだん慣れてきましたし。楽しいです。だから、さっき「寂しい」って言ったのはちょっと嘘です(笑)。
−−ちなみに日本に来たときは、この国にどんな印象や感想を持たれました?
alan:最初は何が何だか分からなかったから、いつもスタッフを頼りにしてました。日本語も全く分からなかったので、電車は絶対に乗れないし、タクシーも難しい。コンビニに出かけても何も買えなくて、大変。でもどんどんどんどん日本語を憶えてくると勇気も出てきて、ちょっと喋ってみたらその意味が通じてすごく嬉しくなりました。それで「もっともっと喋りたいな」って思うようになりました。
−−あと、alanさんが「日本と中国はもちろん、アジア中の架け橋になりたい」と思っている話を聞いたことがあるんですけど、その理由も聞かせてもらえますか?
alan:私はいろんな街に住んでいたので、いろんな人に会いましたし、たくさんの人に助けてもらったんです。父と母を愛しているのはもちろんだし、学校で勉強を教えてくれた先生たち、私が外国人であっても普通に接してくれる日本のスタッフやファンの皆さん、みんな大切な人。だからもっともっといろんな国の人と繋がっていきたい。これからは日本と中国だけじゃなく、アジア中の人たちに自分の歌を聴いてほしいんです。
−−alanさんって音楽の力を物凄く信じてますよね。
alan:音楽の力は凄いと思う。あと私には音楽以外、他のことはあまりできない。例えば、四川で大地震が起きたとき、私は「すぐに帰りたい」と思ったんです。ふるさとの家族やみんなのことが心配だったし。でも考えたんです。私が急いで帰ったところで何もできない。女だから力もない。でも私は歌手です。自分の声で何かを補うことができればと思って、届けたい歌をすぐにレコーディングしました。もちろん悲しみは消えないかもしれないですけど、みんなに「一人じゃないよ、寂しくないよ、みんな手伝ってくれるよ」っていう温かいメッセージを送りたかったんです。実際、中国以外の国からも救援はあって。だから思うのは、国はみんな違っても同じ人ということ。その架け橋に私の歌がなれたらいいなって思ってます。
−−そうなるための第一歩をここ日本で踏み出した結果、今ではalanさんの歌声が日本中で流れています。この状況にはどんなことを思ったりしますか?
alan:とても嬉しい。だからこれからも、愛と平和を歌った曲もそうだし、今回新しく挑戦した等身大の気持ちを歌った曲もみんなに伝えていきたい。それで私の声やメッセージを聴いてくれた人が共感してもらえたら、もっと嬉しいです。
Interviewer:平賀哲雄
Page Design:佐藤恵