音楽情報サイト:HOT EXPRESSthere is music by side ホットエキスプレス・ミュージックマガジン  
 
   
 
音楽情報サイト:HOT EXPRESSニュースインタビューライブレポート
レビューチャートメールマガジンスペシャルページ
SEARCH
アーティスト検索
 
 

JUJU 『桜雨/READY FOR LOVE/S.H.E./Last Kiss』 インタビュー

Single
JUJU New Album『桜雨/READY FOR LOVE/S.H.E./Last Kiss』

『桜雨/READY FOR LOVE/S.H.E./Last Kiss』
2010.2.24 RELEASE
AICL-2082
1,223円(tax in.)

JUJU 『桜雨/READY FOR LOVE/S.H.E./Last Kiss』を購入する
01.桜雨
02.READY FOR LOVE
03.S.H.E.
04.Last Kiss
05.桜雨 –instrumental-
JUJU 『桜雨/READY FOR LOVE/S.H.E./Last Kiss』 インタビュー

 JUJU、hotexpressインタビュー初登場。映画「余命1ヶ月の花嫁」主題歌『明日がくるなら JUJU with JAY'ED』が配信累計300万DLを突破、2009年年間配信チャート1位の大ヒットを記録した、新女性シンガーの代表格である。とは言え、彼女には売れない不遇の時代もあり、ヒットに恵まれるまでに壮絶な試練も経験。広く深く音楽を知り、ボーカリストとしての才能も卓越している故に「売れなくてもいい」なんて構えて、自らの可能性を潰しそうになったときもあった。

 今回のインタビューではまだ世にあまり知られていない、JUJUの歴史と人間性。また、目まぐるしく変わる音楽の聴かれ方についてやニューシングル『桜雨/READY FOR LOVE/S.H.E./Last Kiss』の制作秘話まで、“これさえ読めばJUJUのすべてが分かる!”と言ってしまいたくなるほど、彼女にガッツリ語ってもらった。

--そもそもJUJUさんってジャズシンガーを志していたんですよね。そのキッカケって何だったんですか?

JUJU:子供の頃から周りにいる大人が全員音楽好きだったんですよ。ウチの母方の兄妹がいて、叔父ちゃんは演歌しか聴かなくて、北島三郎さんの歌が惚れ惚れするぐらい上手いんです。で、叔母ちゃんは若い頃にすっごい好きな人がいて、その人と結婚できなかったからっていうので一生独身を貫いてて、でも恋多き女で。毎晩、ウィスキーをカランコロンさせて飲みながら、私たち子供に社交ダンスを教えるんですよ。「今日はルンバ」とか「今日はチャチャ」とか言って。あと隣に座らされて、お酒を飲んでる叔母ちゃんが歌うジャズとかシャンソンを聴かされたりしてたんです。

--ほとんど映画の世界ですね。

JUJU:ウチの母とかもディスコミュージック大好きで。でもお三味線の教室とかもやってるんです。だから私の周りにはいろんな音楽があって。で、私が3,4才のときに初めてその音楽好きの大人たちの中でカラオケを歌わされるんですけど、そこで「あれ、この娘、上手いんじゃないの?」って言われて。私にはあまりにもデキる姉がいまして、それまで「お姉ちゃんはアレができるけど、この娘は駄目ね」って言われてたんです(笑)。日本舞踊とかも私は「お師匠さんが怖いから、ヤダ」って言って辞めたりとか。でもお姉ちゃんは賞を取るぐらい凄かったり。そんな中で私は「歌が上手い」と言われたことで初めてアイデンティティを手に入れたんです。

--なるほど。

JUJU:それからいろんなタイプの音楽を大人たちが私に歌わせるんですね。アバを歌わされたかと思えば、演歌を歌わされたりとか、いろんな音楽を歌っていって。その中で子供ながらに違和感を唯一歌いながら覚えたのがジャズだったんです。それで「いつかジャズが歌える大人になりたいな」と思って、ずっとジャズシンガーに憧れていたっていう。

--けれど今はジャズももちろん飲み込んでると思いますが、ジャズだけに拘ってシンガーをやられていないですよね。

JUJU:それはやっぱり今話した子供の頃の環境が大きかったと思います。日曜日の朝、私がシルエットロマンスにうっとりしている隣の家で、叔母さんが大爆音でボサノバを流していたり、車に乗ったら母親がアバしか流さないとか。そういうぐっちゃぐちゃなところから始まって、比較的早い段階で自分が聴きたい音楽を自分で選ぶようになっていったんです。それでクラシックのレコードを一番初めに買って、小学校5,6年生のときには空前のユーロビートブームが私の中であって。で、中学に入ったらディー・ライトにハマってみたりとか、ヒップホップやR&Bにハマってみたりとか。要するにずっと雑食だった。なのでずーっと底辺にジャズは流れていたんですけど、その音楽的な気の多さがそのまま今に繋がってる気がします。

--単身渡米したことも今の自分の音楽に影響を与えていますか?

JUJU:そうですね。ニューヨークに行ってからは更に雑食になりました。街中がいろんな音楽で溢れていて、道を歩いていても店ごとに聴こえてくる音楽が違うし、ラジオも1目盛りごとにジャンルが全部違ったりとか、テレビもチャンネルごとに全然聴こえてくるモノが違ったし。ライブとかも観ようと思えば何でも観れたりしましたからね。あと「私はジャズシンガーになれない」って思ったのもニューヨークに居たときで。そこでジャズをやってる人って本当に3度の飯よりジャズなんですよ。ジャズのことばっかり考えてて「私みたいなR&BもファンクもソウルっぽいのもJ-POPも歌いたい人は、ジャズシンガーって言っちゃいけないんだな」って気付いたんです。で、同時に「私はシンガーだ」って。そこからはいろんなモノを歌うのが私なんだと思うようになりました。

--2004年には日本でメジャーデビューする訳ですが、いつ頃から日本でデビューしたいという頭に切り替わっていったんでしょうか?

JUJU:デビューしたいとはずーっと思っていなかったんですよ。歌はうたいたいけど、人前に立つのが嫌だったので。矢面に立ちたくない。だから誰かのユニットで歌をうたう人の立場がいいなって。なので、歌で生計を立てたい気持ちはあっても、日本でメジャーデビューしたいとは全然思ってなくて。ヴィジョンもなく歌い続けているうちにフィーチャリングのオファーが来たりとか、いろんなオムニバスCDやサントラの楽曲制作依頼が来たりとか、そういうのが心地良かったりして。それで「こういうことが音楽で生計を立てるってことなんだ」って思っていたら、デビューの話が来た。

--どんな気持ちでそれに応えたんですか?

JUJU:デビューするのはいいけど、私はその当時から一緒に仕事をしていた“DJ HIROnycのユニットの中で歌っている人”っていう立場だったらやりたいと。でも私個人ではやりたくないと思ったから、すごく時間が掛かったんです。

Interviewer:平賀哲雄
Page Design:佐藤恵