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原田真二 『OUR SONG』インタビュー

原田真二 アルバム『OUR SONG』インタビュー
アルバム
原田真二 アルバム『OUR SONG』

『OUR SONG』
TECG-30051
3,000円(tax in.)
CONTINENTAL STAR

原田真二 アルバム『OUR SONG』<初回限定盤>を購入する
01.OUR SONG(オーケストラ)
02.てぃーんず ぶるーす(オーケストラ)
03.キャンディ(オーケストラ)
04.MY LOVE(オーケストラ)
05.EVERY NIGHT(オーケストラ)
06.僕らのハーモニー(オーケストラ)
07.Make It A Paradise(英語バージョン)
08.心の美酒を酌み交わそう 
09.Our Wish for Recovery〜夢の光〜
10.シャドー・ボクサー(ライブバージョン)

−−その頃に原田さんや渡辺さんが楽屋で耐えてくれたから、後にシンガーソングライターやバンドが堂々と音楽番組へ出られるようになったんじゃないですか?

原田真二:(笑)。自慢する訳じゃないですけど、本当に当時は壁がありましたからね。トラブル続き。音響さんがテレビ局にはいるんですけど、いわゆるコンサート制作のPAみたいなスタッフはいないんですよ。でもこちらは小規模なコンサートをやるつもりで来ている訳ですから、トラブルが起きちゃうんですよね。そこを一番最初にちゃんと改善したのは「ザ・ベストテン」だったんですよ。調整室のミキサーじゃなくコンソールをガツン!と入れて、独立してやっていたんですよね。あれは凄かったです。音にめちゃめちゃ拘って。その後ぐらいじゃないですかね?「夜のヒットスタジオ」とかの音も良くなったのは。あ、でも「ミュージックフェア」は昔から凄かったです。ほとんどレコーディング状態(笑)。

−−あと、ジョン・レノンプロデュースでのレコーディングの話があった的な噂を聞いたことがあるんですけど、これは本当ですか?

原田真二:本当です。ジョンが亡くなる年の夏ぐらいから話が出ていて、その話はオノ・ヨーコさんのところへも行ってて「ジョンもすごく気に入ってるから、これを進めようと思うんだけど」と。ただ、僕はポール・マッカートニーはすごく聴いていたんですけど、ザ・ビートルズは全く聴いていなかったんで、ジョンのこともそんなに知らなかったんですよ。だから「それは面白いですね」ぐらいのテンションだったんですけど、後からだんだん「凄い人だったんだな」って分かって(笑)。で、その秋に具体的な打ち合わせに入って、翌年に実現するプロジェクトになっていたと思うんですよ。ただ、僕は12月にツアーの合宿に入っていたんですけど、その最中にニュースで「射殺された」っていうのを聞いて。

−−実現できなかった訳ですね。

原田真二:そうですね。だから僕はジョンはもちろん、未だにオノ・ヨーコさんにお会いしたことがないんですね。ニューヨークで5,6年コンサートをやっていて、いろんな場所で大きなイベントもやっているんですけど。で、オノ・ヨーコさんとマイケル・ダグラスがオーガナイズしている番組があって、そこへの出演の話も頂いているんですけど、彼女にはまだ一回もお会いできていなくて。

−−ポール好きを全面に出し過ぎているからじゃないですか?

原田真二:そこまで僕のこと知らないと思いますよ(笑)!

−−今回のアルバムでもポールの『MY LOVE』カバーしてますし。

原田真二:ヤバイっすね!

−−(笑)。

原田真二:「なんで『イマジン』じゃないの?」って言われちゃいますかね? それはマズイです。でも国連の周辺の施設3ヶ所でピースイベントをやったんですけど、僕が今年もコンサートのトリを務めさせて頂いて、そこで「『イマジン』を歌ってほしい」と主催者から言われて歌ったんですよ。その会場には日本人は僕だけで外人ばっかりなのに、僕が『イマジン』を歌う。ちょっと可笑しくありません? ニューヨークのアーティストがリード取った方が絶対良いのに(笑)。

−−最新アルバム『OUR SONG』にはその『イマジン』とも精通する、けれども原田真二的なアプローチで歌った希望の曲が収録されています。新曲『Our Wish for Recovery〜夢の光〜』。今回こうした楽曲を制作し、発表しようと思った経緯を教えてください。

原田真二:震災後、とにかく何か支援になるアクションを起こしたいと思っていて、募金活動も含んだ50回以上のライブをやってきていて。で、僕の地元である広島県は原爆から立ち上がった街ですから、復興の最たる場所なんですよね。放射能の障害も乗り越えてきている訳であって。これだけのメッセージ力のある場所はないんです。だから企画書を広島県に出して「県としてのひとつのパッケージを作ってくれないか?」っていう話をしたんです。広島出身アーティストも多いですし、食産業にももみじ饅頭やお好み焼きやいろいろあるし、車もマツダがあるし、そういうものをパッケージして毎月被災地へ行けるような流れが出来ないかなと思って。そしたら向こうから「まずは曲をひとつ作りましょうよ。広島からの想いを入れたものを」っていう話になったんです。それで復興への我々の願いということで“広島”という言葉も中に入れて『Our Wish for Recovery〜夢の光〜』を作らせてもらいました。

−−復興への想いを込めた楽曲だけれど、それがアッパーチューンであることに意味を感じます。涙させて力づける曲も良いけど、とにかく今は元気に明るくなれる曲を届けたいという意志を感じたんですが、実際のところはどうだったんでしょう?

原田真二:バラードにはしたくなかったんですよ。「とにかくマーチのごとく行進するしかないだろう」という想いだったので。それで“みんなが一緒に歩いているから”っていうイメージを聴いた方に持って頂けたらいいなと思いまして、アッパーにしました。僕が今やりたいのはバリバリのアッパーなものなんですよ。ロックベースのガンガンにパワフルでダンサブルなものを作りたいんですね。と言うのも、ジャンル的にはジャズからクラシックまで含めた曲をやってきていますし、コンサートもミュージカル仕立てのものから様々な演出効果を使ったステージを作ってきていますし、そうやって熟してきたからこそ、今ここでガンガンにロックをやりたくて。

−−もうすぐ35周年だと思うんですけど、そのタイミングで原田真二史上最もパワフルなロックを鳴らすのはかなり格好良いと思います。

原田真二:個人的な感覚としては今がマックスなんですよ。世の中的にはデビュー当時がマックスかも知れないんですが、それは自分が良しとしている出方ではないところでの評価ですから。元々「自分の音楽で何を届けられるか?」っていうことをイメージしながら音楽を始めた自分からしたら、確実に今がマックスなんですよ。活動の場も世界中に広がって、更にチャンスはどんどん増えている。そう考えると今がピークに来ているし、それ以上に行かなきゃいけないとも思っているんですね。そうなると、これからどんどん凄いアルバムを作っていけるんじゃないかとワクワクしています。で、例えば、若い世代に集中したアプローチやプロモーションとか出来たら面白いですよね。これだけ不況になってきて、若者にとって先が見えない今だからこそ。

Interviewer:平賀哲雄
Page Design:佐藤恵