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ソウル・フラワー・ユニオン 『キセキの渚』インタビュー

ソウル・フラワー・ユニオン ミニ・アルバム『キセキの渚』インタビュー
ミニ・アルバム
01.キセキの渚
02.ホモサピエンスはつらいよ
03.ダンスは機会均等〜内田直之の越境ダブ盆唄編
04.おいらの船は300とん
05.斎太郎節
06.郡上節(春駒〜八竹)
07.いちばんぼし
08.偉大なる社会
09.雑種天国
10.キセキの渚<インスト>

−−曲や詞の構成はその頃からあったのでしょうか?

中川敬:いや、全然。本当にこの1年は東北でたくさんの出逢いがあった。石巻、女川、三陸沿岸、福島…。色んな出逢いがあって、自分のみならず、みんなの思いをしっかり楽曲に落とし込みたいということがあった。まあ、一回立ち止まってね、大変なことはこれからも続くけど、今生きていることを祝福し合って、「一緒に手を取り合ってやっていこうやないか」って。そんな曲を書きたいと思ったっていうことやね。

−−今、日本に住む全ての人々が、共感できる歌だと思います。

中川敬:<満月の夕>の時もそうやったけど、自分でも何を作ってるのかよく分からない時っていうのがある。この曲もそんなところがあって、……“降りて来た”なんていうと、ちょっとかっこつけすぎかもしれないけど、いわば「書かされていた」。
曲を作るっていう行為は、アレンジからリズムからメロディから歌詞から、ありとあらゆる途中経過があるけど、アレンジしている時に俺の中にあったのは“いかにもソウル・フラワー・ユニオンっていう感じの楽曲に仕上げよう”っていうことやった。何処で切ってもラモーンズ、何処で切っても金太郎飴、みたいな(笑)。ニューエスト・モデルまで含めたところのソウル・フラワー、あるいは中川敬。そういうアレンジの上に、この歌詞を乗せて、パワフルに響かせたかった。

−−聴くまでは、どこかで<満月の夕>的な曲調を想像しました。

中川敬:良く言われる(笑)。タイトルの響きもあるのかな。何回も東北に行って、色んな出逢いがあって、友人や仲間が増えていく中で、常に彼らがくれるモノは凄く明るくてパワーに満ち溢れてて、こっちが逆に元気をもらってる、みたいな、ね。

被災地出前ライヴの2〜3日前くらいにTwitterで演奏する避難所を発表すると、「ニューエストの頃、めちゃくちゃ聴いてました!」なんて40歳前後の連中が、けっこう来てくれる。っていうのも、80年代後半から90年代前半くらいにかけて、毎年開催されてた【仙台ロックンロールオリンピック】にニューエスト・モデルとメスカリン・ドライヴは毎年出てて。
東北地方ではテレビでも放映されるような大きなフェスやったんやけど、当時中高生で会場に来てた人たちが、今、避難所のライヴに来てくれるんよね。そんな「再会」の中で、ニューエスト・モデルっていうキーワードが自分の脳裡に戻ってきた。

<キセキの渚>や<ホモサピエンスはつらいよ>のアレンジには、そういう要素が入り込んできてると思う。<キセキの渚>のエンディングのクリシェなんかも、ニューエスト・モデル風にストリングスを入れてみたりしてね(笑)。

−−そして、この曲は何と言っても“何度もやりなおす! しつこく巻き返す!”という歌詞です。

中川敬:東北で出逢った友人たちから発せられる言葉は、常にそういう心意気に溢れてる。もっとね、弱音吐いたりボヤいたり怒ったりして、楽になって欲しいなって思うんやけど、遠方からやって来た俺らに「俺たちは大丈夫ですよ! ここからやり直すんですよ!」っていう姿を見せてくれる。「お前らもそろそろ頑張れよ!」って言われてる感じやねんな、逆にこっちが。

3月末に報じられた記事なんやけど、地震からだいぶ日数が経って、「瓦礫」の下からあるお爺ちゃんが救出された。助け出されたその人の第一声が、「前の戦争の時もやり直したわけだから、今回もみんなで力を合わせてやり直しましょう」やった。それはもう、目の前で言われてるような気分やったよ。俺も、例に漏れず、ナーバスな時期やったしね。この曲<キセキの渚>は、本当、みんなで今生きていることを祝福し合って、手を取り合って次に行こうやないか。そういう曲にしたいっていう、その一点やったね。

−−また、今回のミニ・アルバムは、他の収録曲も震災以降の活動が反映された1枚になりました。

中川敬:“2011年のソウル・フラワー・ユニオン”っていう作品に、制作中、段々企画が移行していったね。決定打になったのは、9月横浜でやる予定やったライブが、台風でライヴ直前に流れたこと。あの日は何とかライブを決行しようと、機材をセッティングして、サウンドチェックもして……。でも、開演の1時間前に中止が決定。台風直撃で交通マヒやったんよね。で、メルマガとかTwitterとかで「今日のライブは中止です」って報告をしたあと、軽い気持ちやったんやけど“ネタとして、ここでこのままレコーディングしたら面白いやろうな”って(笑)。

−−おー、なるほど!

中川敬:せっかくセッティングしてるし、スタッフもいるし、録音機材も用意してた。だったら<おいらの船は300とん>と<斎太郎節>と<郡上節(春駒〜八竹)>、避難所でやっている3曲をレコーディングしようと。ベーシックのリズム録りをやろうや、って俺が言い始めて(笑)。で、「これはシングルじゃなくて、ミニ・アルバムやな」って感じになっていったんやね。
そういう中で、決定されていったね、コンセプトが。2011年のソウル・フラワー・ユニオン。それぞれの収録曲にはそれぞれの経緯があるんやけど、その3曲は避難所や仮設住宅で演ってるレパートリー。歌い手・中川敬としても2011年を象徴する曲たち。

Interviewer:杉岡祐樹
Page Design:佐藤恵