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尾崎亜美 『soup』インタビュー

アルバム
尾崎亜美 アルバム『soup』

『soup』
2012.02.22 RELEASE
TECG-38061
¥3,800(tax in)
CONTINENTAL STAR

尾崎亜美 アルバム『soup』<初回限定盤>を購入する
[CD収録曲]
01.1グラムの歌
02.雨上がりのFreedom
03.ヒメジョオン
04.私の声を聞いて
05.Music Picnic
06.The World Is All Changing
07.愛のはじまり
08.A New Song
09.Crying Dog
10.スープ
[DVD収録曲]
01.My Song For You
02.Walking In The Rain
03.グルメ天国
04.純情
05.春の予感〜I've been mellow〜
06.VOICE
07.マイ・ピュア・レディ
08.FOR YOU
09.時に愛は
10.蒼夜曲(セレナーデ)

 「私が物凄く頭が切れて、良い人に見える記事にしておいてね!」とは、尾崎亜美本人からのリクエストだが(笑)、そんな余計な編集などせずとも、彼女の魅力は存分に滲み出ているインタビューとなった。

 第二の松任谷由実と称されたデビュー当時、バッハと浪花のモーツァルトに影響を受けた音楽性、南沙織、杏里、松田聖子、観月ありさ等の代表曲を生み出した作家としての側面、デーモン小暮閣下が神父になった(?)結婚式やミュージシャン仲間との交友関係、震災の影響を受けて世に出ることになった最新アルバム『soup』、愛弟子 myu:のデビュー曲を今自ら歌う理由など、やんちゃかつ真摯に語ってくれたエピソードの数々。ぜひともご覧下さい。

−−自分では“35周年”にどんな感慨を持たれていますか?

尾崎亜美:デビューしたときは、こんなに長く音楽をやろうと決心していた訳ではないんですけど、音楽を取り上げられたら残念な社会人になっていたかもしれないので(笑)良かったなって。あと、子供の頃にお話しするのが下手だったんです。それで両親が心配してピアノを買ってくれたので、弾いてみたときに「もしかしてこれが私の言葉になるのかな」と思って。それ以来「自分の思っていることを音楽という言葉で表現するんだ」って思ったままここまで来た。だから音楽でお話ししたいことがある限りは、この道を進んでいくんだろうなって。

−−デビューシングル『冥想』を聴きながら思ったんですが、1976年当時に尾崎亜美さんのような洋楽エッセンスも強い楽曲を手掛けていた女性シンガーソングライターって希少だったんじゃないですか?

尾崎亜美:シンガーソングライター自体、今より確実に少なかったんですよ。山崎ハコさんとか、りりィさんとかいらっしゃいましたけど、今なんて数え切れないぐらい沢山いらっしゃるでしょ。あと、当時はレコード会社が新人を売るときに「第二の○○」といったキャッチフレーズ的なものをよく付けていたんですね。それで、私は松任谷正隆さんがアレンジをしてくれていたこともあって「第二のユーミン」と言われていて。それが面倒くさいとは思っていたんですけど、ユーミンも「そのうち「第二のユーミン」なんて言わなくなるわよ」っていつも言って下さっていたし、実際にそういう冠は取れていきましたね。

−−尾崎亜美さんの音楽は今名前の挙がった方々のそれとは一線を画していましたよね。『マイ・ピュア・レディ』は1977年に発表された代表曲ですが、今、資生堂のCMソングでも何の違和感もないぐらいオシャレです。

尾崎亜美:「自分はこうです」という音楽をやっているだけだったんですよ。でも『冥想』はグルーヴ感がとにかく独特なので、昔、山下達郎さんから「亜美ちゃん、なんであれは16っぽくしちゃったの? 8の方が格好良かったのに」って言われたことがあります(笑)。まぁとにかく“珍しいグルーヴ”とは言われましたね。ユーミンにもそんなにはないグルーヴ感だったかもしれない。

−−どのようなアーティストの影響を受けていたんでしょうか?

尾崎亜美:時代的には、ザ・ビートルズと、スティーヴィー・ワンダーみたいなソウルフルなものが両方ともぶわぁ〜っと入ってきた時期で。あと、キャロル・キングとか、ピアノの弾き語りの人たちを「格好良い!」と思ったり。そこからもきっとベーシックとしては影響を受けているんですけど、自分がアレンジとかするときに「根強く残ってるな」と思うのは、バッハですね。未だにバロックっぽい作り方をしてしまう。あと、私は関西人なので、キダ・タローのメロディがいつも流れていたんですよ。浪花のモーツァルト(笑)。

−−モーツァルトは浪花の方なんですね。

尾崎亜美:だから『プロポーズ大作戦』とか『パンチdeデート』とか、パフゥ!みたいな音がいっぱい入っている音楽をめちゃめちゃ聴いて育っているので、キャッチーなものの面白さも刷り込まれています。

−−また、尾崎さんはデビュー3年目には他のアーティストの楽曲提供や、音楽プロデューサー的な仕事もされています。このようなスタンスも当時は珍しかったんじゃないでしょうか?

尾崎亜美:これは本当に珍しかったと思います。南沙織さんに楽曲提供させて頂いたのが二十歳の頃で、そこで初めてアレンジにも挑戦したんです。デモテープを気に入って頂いたんですけど、先方から「ストリングスを入れたい」って言われたんですよ。それは誰か他の人がやると思ったら「いや、亜美さんが書きます」って答えられてしまって。で、次の日かその次の日がストリングス入れの日になっていたので、慌てて編曲の本を買ってきて。上巻・下巻ある物凄く太い本。それで「バイオリンとは?」みたいなところから勉強ですよ。

−−よくやりましたね(笑)!

尾崎亜美:見たことのない記号がいっぱいありましたよ(笑)。そこでどの楽器がどれぐらいまで鳴るのか、初めて知って。試験問題を解くみたいな感じでアレンジしたんです。その拙い譜面を“芸大出ました”みたいなクラシックのミュージシャンの方が見て弾いて下さって。多少の手直しはあったんですけど、そのときに異常に感動したんですよ。「自分の頭の中にある世界が、何人もの人の力でこんな風になるのか!」って思って。それからアレンジが面白くなって、自分でやるようになったんです。

−−そこからまたいろいろと始まったんですね。

尾崎亜美:そこでプロデュースする面白さとか、いろんなことの面白さを知ったんですよね。南沙織さんに「こんな風に歌ってください」っていうディレクションみたいなこともして。小娘がちゃんとした歌手にですよ? 山口百恵さんとか、いろんな方を手掛けていたプロデューサー 酒井政利さんに「亜美ちゃん、上手に歌わせるね〜」とか言ってもらいながら(笑)。でもそれからいろんなオファーを頂くようになって。あの日、アレンジを「出来ません」と言って太い本を買わなかったら、今の私はいなかったと思います。

−−何とかしようと思ったのが凄いでよね。その後も、杏里『オリビアを聴きながら』、松田聖子『天使のウィンク』、観月ありさ『伝説の少女』など多数のヒット曲を手掛けられていますが、自分の曲が各アーティストの代表曲として聴き継がれていくのってどんな気分なんですか?

尾崎亜美:すごく嬉しいこと。プロデューサー的な「しめしめ」感もありつつ、私のメロディや詞を世の中のたくさんの人に知ってもらえて、その人それぞれのドラマの中の素敵なものとして受け入れて下さっているのは、物凄く嬉しい。あと、私が働かなくても、みんながいろんなところで歌ってくれるでしょ。そのお得感もあります(笑)。

Interviewer:平賀哲雄
Page Design:佐藤恵