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シカゴプードル インタビュー

Single
ジャケット写真

『さよならベイベー』
2009.10.7 RELEASE
GZCA-7151
1,050(tax in)

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01.さよならベイベー
02.あたたかい海

インタビュー

 シカゴプードルのお三方が、花沢耕太(vo,piano)曰く"最高傑作"であるニューシングル『さよならベイベー』のリリースを記念してhotexpressに初登場。人の心に残るグッドミュージックを作り続ける彼らの信念とストーリー、ぜひご覧頂きたい。

−−hotexpress初登場となりますので、今日はニューシングル『さよならベイベー』についてはもちろん、バンドの歴史についても触れさせて頂きたいんですが、まず3人それぞれの音楽に目覚めたきっかけから教えてもらえますか?

花沢耕太(vo,piano):3才ぐらいの頃からずーっとピアノをやっていたんですけど、高校ぐらいのときにスティーヴィー・ワンダーのアルバムを聴いて「凄いな」と思って。すごく音が自由というか、それまで自分の聴いていた音楽と全然違って、枠に捕らわれていない音楽だと感じたんですよ。それで「自分でもこういう音楽を作ってみたい」と思って作曲を始めたんです。最初はピアノとデタラメ英語の歌で曲を作っていたんですけど、そんな感じでオリジナルの曲が結構溜まっていったときに、大学でシカゴプードルを結成して。

山口教仁(dr):僕は初めて気に入った曲が『北酒場』なんですよ。両親が言うには、あの曲の間奏がめちゃくちゃ好きだったらしくて、かなりシブい幼稚園児だったみたいなんです。あと小学校2年生か3年生のときにバイオリンを始めまして、2年間ぐらいやっていたんですけど「5年生の子より上手い」って評判で「この子は凄い」みたいな。

−−神童扱いされていた訳ですね。

一同:(笑)

山口教仁:神童扱いされまして(笑)。でもバイオリンを辞めてからは普通にJ-POPとか聴いていて。で、中学に入って吹奏楽部の友達にドラムをやってる奴がいて、そのドラムを叩かせてもらったんですよ。そしたら意外とすんなり出来たというか、そこで「面白いな」と思って、高校に入ってからすぐにドラムセットを買いました。今まで貯めていたお年玉貯金を全部崩しましたね。

辻本健司(b):自分は気付いたときには音楽が好きで。楽器をやっていた訳じゃないんですけど、音楽の授業とかで歌うのも好きで、音楽は好きだったんですよ。で、高校のときに「バンドをやろう」という話が部活の中で出まして「ベースやらへん?」って誘われて始めたっていう、まぁよくあるパターンなんですけど。「他にベースをやりたい奴がおらんから」みたいな。それまではギターとベースの違いも分かっていない感じだったんですけど、始めてみたら元々音楽は好きなのですんなり入っていけましたね。

−−その3人がどんな経緯で巡り会って、バンドを組むことになるの?

花沢耕太:僕と山口は高校のときから仲が良くて、その頃からドラムをやってるのは知っていたんですよ。いつか何か一緒にやりたいなと思いつつ、自分は自分で曲を作ってて。で、大学の2回生ぐらいのときに「バンドを組もう」と思って、真っ先に山口に声を掛けて。そこから他のメンバーも集めてシカゴプードル結成になったんですけど、最初はドラム、ベース、ギター、キーボード、ボーカルの5人組だったんです。ベーシストも辻本じゃなかったし。で、後にベースとキーボードが抜けたときに、僕はピアノを弾きながら歌おうと思って。それから共通の知り合いを通して辻本を紹介してもらったんです。辻本とは中学からずっと一緒だったんですけどずっとクラスが違って全然喋ってなくて。でもそこで紹介してもらったことで、4人で活動していくことになりました。それから3人体制になったのは、インディーズデビューして2年ぐらい経ったときですね。

−−結成当時にシカゴプードルが目指そうと思った音楽ってどんなモノだったの?

花沢耕太:その頃は個人的にエアロスミスとかボン・ジョヴィとか聴いていたんですよ。それらのバンドのコピーもやりながらオリジナル曲をやっていたので、初めはアメリカンロックテイストの曲が多かったですね。僕の声質も今とは全く違ったので。でも「良い曲を作りたいな」っていうのは一貫していて、そこを追求していく中でだんだん今のスタイルになっていきました。

辻本健司:聴く音楽も多分変わったよね。

花沢耕太:そうだね。でも基本的にはポップスが好きなんですよね。だからボーイズIIメンとかバックストリート・ボーイズみたいな音楽も聴きますし。そうやっていろんなポップスを聴く中で自分なりのJ-POPが作れていったんだと思います。

−−辻本さんはその過程で加入された訳ですが、シカゴプードルにどんな印象を持たれていたんでしょう?

辻本健司:それまでやっていたのが結構ロック寄りのバンドで、いわゆるビジュアル系のバンドをやっていたんで、シカゴプードルとは全然音楽のジャンル的には違ったんです。でも当時彼らが自主制作していたCDを聴いたときに「ええ曲やな」って素直に思えて。「これやったらやってみたいなぁ」って思ったことを鮮明に憶えてますね。

−−3人体制になってからメジャーデビューに至るまでのストーリーも教えてもらえますか?

花沢耕太:3人になったのは確か2006年で。そこから結構悩んだ時期とかもあったんです。抜けたギタリストはMCとかもすごくやってくれていて、僕はあんまりMCとかしてなかったんですよ。そこで苦労したりとかはしましたけど、全国いろんなところを廻っていくにつれて、北海道から九州まで応援してくれる人がいっぱい現れたので、それは物凄く力になりましたね。前向きに「絶対続けるぞ」「シカゴプードルは絶対やるんや」みたいな感じになって。それで3年ぐらいしてからメジャーデビューしたんです。

Interviewer:平賀哲雄
Page Design:佐藤恵