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福原美穂 インタビュー

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  シングル
CHANGE

2008.04.16 RELEASE
SRCL-6770
\1,223(tax in.)


01.CHANGE
02.恋はリズム〜Believe My Way〜
03.BECAUSE YOU LOVED ME
 
   
   
   
   
 
 
Interviewer:平賀哲雄
Page Design:杉岡祐樹
   
 
 
   
   久々にとんでもない逸材が現れた。しかも魂の歌声を響かせる直球ど真ん中系の実力派。いつの時代も待たれる、心を揺さぶる存在のデビューである、微力ながらhotexpressもその興奮を世の中に伝えられればと、その新たなシーンのヒロインにインタビューを敢行した。彼女の名前は、福原美穂。聴き手の国籍や性格がどうであれ、お構いなしに感動と衝撃を与える存在。―――うん、こんぐらい書いても、彼女ならガッカリされることはないだろう。
 
−−デビュー曲『CHANGE』、そしてブルッキンズ・コミュニティ教会でのパフォーマンスをDVDで聴かせて頂いて、あの魂の歌声の背景を知りたくなり、今日のインタビューの席を設けさせて頂いたんですが、まずデビューを直前に控えた今の心境を聞かせてもらえますか?

福原美穂:ワクワクしてますね。もうCDが出た後の事も考えていて、聴いてくれた人のところにライブをしに行きたいって気持ちで昂ぶっちゃってます。

−−では、そのデビューに至るまでの福原さんの歴史に迫らせて頂きたいんですが、音楽に目覚めたキッカケは何だったんでしょう?

福原美穂:家庭内に音楽が溢れ返っていて、その環境にいることが普通で。そんな中で「歌手になろう」って思ったキッカケは、お母さんが仕事に行く前に「ちょっと1曲歌ってよ」って言って、私はお茶の間でトイレットペーパーの芯を持ち、マライア・キャリーの『マイ・オール』を歌ったことがあって。そのときに母が「ワー!」って拍手をしてすごく喜んでくれて、「良いね!」って言ってくれたんです。それがキッカケで「もっといろんな人の目の前で歌いたい」「歌手になろう」って決めました。

−−それっていくつ頃の話なんですか?

福原美穂:小学校3年生くらいですね。

−−その頃は気が付けばよく口ずさんでるような、活発な女の子だったんでしょうか?

福原美穂:何かね・・・周りに見せたくなかったんですよね、歌うのを。それは家族にも見せたくなかったので、とにかく部屋に篭って、家にあるCDを聴いて、1人で歌って、家族が帰ってきたら隠すみたいな(笑)。なので、お母さんはともかく、こんなに私が歌う事が好きなんだって事は多分、私がライブとかやり始めてからみんな知ったんだと思います。

−−そんな女の子がどんな音楽を聴いて育っていくんでしょうか?

福原美穂:小学校3年生のときは、姉が持っていたCDを聴く事が多くて。お姉ちゃんと仲が良かったので、姉の部屋に行って90年代のR&B、ブライアン・マックナイトとか、ボーイズ・II・メンとか、テイク6とか、あと、私の歌唱的なところである意味ルーツになってるディーヴァ系のマライアだったり、セリーヌだったり、ホイットニー・ヒューストンだったりを聴いていたんです。その後、中学生くらいになって、R&B系やディーヴァ系を少し飽きてきて、お父さんのCDラックにあったカントリーとかブルースとか、あとザ・ビートルズとかを勝手に聴くようになって。それで「あのCDがない」って父に怒られたり(笑)。

で、その内、お姉ちゃんとお父さんのCDだけじゃなく、自分でもいろんな音楽を発掘したくなって、初めてCD屋さんで試聴したのがアレサ・フランクリンの『レディ・ソウル』だったんです。「名盤」って書いてあって、「名盤っていうなら聴いてみよう」みたいな。で、衝撃を受けて、それからCDを買う為に新聞配達アルバイトを始めて、60年代のCDとかビデオを買い集めるようになりました。その中で「私も歌うんだったらここまでやりたい」とか「こういうパフォーマンスがしたい」と思うようになって。高校とかにもCDを持って行って、とりあえず朝から聴くみたいな。「勉強しろよ!」って先生に怒られたんですけど(笑)。そのぐらいずーっと音楽を聴いてましたね。

−−そこからどのような流れで自身でも音楽をやるようになっていくんでしょう?

福原美穂:ライブをやり始めた頃はカバーばっかりで、オリジナルはやってなくて、とにかくアレサ・フランクリンやスティーヴィー・ワンダーを弾き語ったりしていました。いろんな場所でやらせてもらっていたんですけど、そのときは「カバーやっていければ良い」って思ってた部分もあって。でも「もっと大きな所で歌いたい」「たくさんの人を集めて歌いたい」って思ったときに「自分の曲だな」と。北海道で2枚CDを出してるんですけど、1枚目は『The Roots』って名の通り、自分が影響を受けた人の曲を歌っていて、2枚目で初めてオリジナルを始めるんです。でも日本語が本当に歌えなくて(笑)。何を歌ってるか聴いてる人が分からないんですよね。それはもう18年間ずっと英語の歌しか聴いてなかったからなんですけど。でも初めて自分で作詞をした『Release』っていう、東京に出だしたときに感じた父と母への想いを書いた曲は、聴いてる人が泣いてくれたりしていて。

英語の曲を歌って「カッコ良いね」とか「上手いね」とかって事は言われていたんですけど、泣いてる人はいなかったんですよ。でも初めて自分の言葉で書いた曲を持って、ツアーに出て、人前でゲリラライブ的な事をやったときに、立ち止まって泣いてくれた人がいて。「あ、この人には私の言葉とか、今の曲で言いたい事が伝わったんだな」って思ったときから、やっぱり変わりましたよね。「日本人なのに日本語を上手く歌えない」っていう葛藤もあったんだけど、でも「届いたな」って思った瞬間から「もっと書きたい」「もっといろんなところでライブやって、人に届けたい」って思うようになりました。自分の言葉で歌って、音楽をやっていく意味が変わりましたね。

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