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一青窈 インタビュー

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  アルバム
『Key』

2008.03.05 RELEASE

[ 初回限定盤(CD+DVD) ]
COZA-297/8 \3,150(tax in.)


[ 通常盤(CD) ]
COCP-34761 \2,940(tax in.)

CD収録曲:
01.Key
02.空中ブランコ
03.宙ぶらりん
04.つないで手
05.幻月
06.シャンデリア
07.moonlight
08.ひとりでに
09.doorway
10.ドミノ
11.受け入れて
12.茶番劇
13.栞
14.「ただいま」inside ver.
DVD収録曲:
01.もらい泣き(live)
02.大家(live)
03.金魚すくい(live)
04.江戸ポルカ(live)
05.ハナミズキ(live)
06.影踏み(live)
07.かざぐるま(live)
08.指切り(live)
09.つないで手(PV)
10.「ただいま」(PV)
11.受け入れて(PV)



 
   
   
   
   
Interviewer:平賀哲雄
Page Design:杉岡祐樹
   
 
 
   
   一青窈、hotexpressインタビュー初登場!待望のニューアルバム『Key』の話を通じて、過去と現在の彼女の心境の変化、家族や友達、ミュージシャン仲間との繋がりによって生み出されていく音楽について、たっぷりお話を伺って参りました。
 
−−一青窈さんにお会いしたらぜひ聞きたいとずっと思っていたことがあったんですけど。

一青窈:なんでしょう?

−−2006年12月、よみうりランドで行った【BESTYO Free CONCERTYO】。あの日はずっと天気が良くなかったんですけど、『ハナミズキ』を歌った瞬間だけ、雲の隙間から太陽が姿を見せてステージを照らしたじゃないですか。

一青窈:あれ、本当に照明さんが光を当ててくれているんだと思っていたんですよ。でも後からその話を聞いて「そんなこともあるんだね〜」って(笑)。虫の知らせってあるじゃないですか。誰々が夢の中に出てきて・・・みたいな。でも私は、亡くなった両親が夢の中に出てきて、何かがあったとか、そういうのがなくて。でも唯一あるとすれば、あの光なのかなって。幼い頃に親が連れていってくれたよみうりランドで、ライブをしてみたらそんなことが起きたわけですからね。

でも今私がこうやって元気に生きていられるのって、ほとんど父と母が残してくれた友人だったり親戚だったり。その人たちが父と母から受け取ったギフト・・・って言うとちょっと言葉が格好良すぎますけど、でもそういうお土産をたくさんくれたんだなと、私は感じてます。

−−ちなみによみうりランドでのライブというのは、いつかやってみたいことではあったんですか?

一青窈:どちらかと言うと、怖くて近寄らなかった場所なんですよね。でもやっぱり(両親に)届けたい想いで歌っていたので、「よみうりランドでやろう」ってスタッフが言ってくれたときは、嬉しかったです。

−−結果、今でも忘れられない特別な一日となりましたか?

一青窈:取材の一環で、ものすごく久しぶりによみうりランドの観覧車に乗ったんですけど、自分が怖れていたほどの感動とかって思い出の中でどんどん増幅していくものなんだなと思いましたね。それでも両親が生きていたときの、正にあの瞬間っていうのが重要だったわけで、今は後悔したりするのは無意味とまでは言いませんけど、だったらもっと前に動く力に変えていった方がいいんだろうなって。それは思い出をなぞる度に思いますけどね。

−−そんな奇跡のコンサートから一年以上の月日が流れているわけですが、5周年とベストアルバムのリリースを経てのこの期間は、一青窈さんにとってどんな期間となりましたか?

一青窈:充電期間というか、いっぱい自分の中に貯め込める時間があって、その後、3,4ヶ月の期間で4枚目のアルバム『Key』を作っていった感じです。わりとゆったりは流れてましたね。

−−ちなみに一青窈さんが自分のペースを獲得できたのって、いつ頃?

一青窈:ここ最近ですよ(笑)。それこそこのアルバムからぐらいです。何をあんなに急いでたんだろうと思います(笑)。なんか、前は、周りの人が“一青窈”っていうスタンプを押していく、そのことにすごく抵抗があってどうにか期待を裏切りたいという気持ちがあったんですけれども、そもそも期待を裏切るっていうのは、何かが出来てからやるべきだと思うようになりました。でも多分私は反射的にそうしてたんですよね。みんながなぜ『もらい泣き』や『ハナミズキ』が良いと言ってくれたか、そこの部分を受け入れられてなかった。それが分かったのが最近だったんです。それが分かると、だんだん穏やかになっていくというか、みんなが良いと思うところをちゃんと受け入れると、今みたいなゆったりした作りになっていくのかもしれません。で、結果的にそういう作品を作ってたら、川江美奈子さんの曲が3枚シングルになってて、それが今回のアルバムに入ってという結果になった。

−−今の一青窈さんの想いをしっかりと後押しできる旋律や雰囲気を川江さんが持っているということだったんでしょうか?

一青窈:デビュー前から私を知っているので、歌手の一青窈、もしくはプライベートでの“窈ちゃん”っていう部分の私をよく知ってるんです。彼女の目線で私以上に私のことを考えてくれている気がして。「素直に書いちゃいなよ」みたいな後押しをしてくれるんです。

−−そんな川江さんの曲も多数収録されている今作『Key』、自身では仕上がりにどんな印象や感想を持たれていますか?

一青窈:前は「おもちゃ箱」という表現をしていたけれども、今回は武部聡志さんがプロデューサーとして立ってくれたことに対して「すごく意味があったな」と感じていて、とてもまとまったアルバムになったなと思っています。

−−これまでもアルバムのプロデュースを武部さんに頼んでもいいタイミングってあったと思うんですけど、なぜ今回だったんですかね?

一青窈:私自身、周りに左右されやすい、というのもあるんですけれども、ひとえに一色に染まりたくないという不思議な自我が以前はあったんです。反発したいっていうか。今思えばそういう自分を「若いな」という風にみれるんですけど。学生時代にいろんな服に挑戦するみたいな感じだったのかな。

−−今回のアルバムのタイトルを『Key』にしようと思ったのは?

一青窈:それは、この2年間で、建て替えのため実家を取り壊したんです。そして更地になって、そこに残ったのが、たった一本の鍵で。家が残っている状態では、何かある度にそこに戻っていたんですけど、それがなくなって鍵だけになったときに、新たに帰る場所を探さざるをえなくなった。あるいは、実家から巣立たなければいけなくなった。そういう意識になるための作業を私は2年間掛けてやっていたんです。私は、多分強制的なそういうことがなければ、ずーっと思い出に浸っていられたのかもしれない。そしてその思い出の中の家族を描き続けていけたのかもしれませんが、その家がない状態になって、逆に、初めて自分を描けるようになったんだと思うんです。

ただそうなるまで、今回はテーマがなかなか決まらなかったんです。「一体私は次のアルバムでどうすればいいんだろう?」っていう状態だったのが本当のところでした。でも、気づいたんですが、私、いろんなところに映画や芝居を観に行くんですけど、結局その様々な場所で、いつの間にか思い出の扉を開けてるんですよね。出会った言葉とか雰囲気とか景色とかで。で、「じゃあ、私もその扉を開けるための鍵を作ろう」と思ったのが、『Key』っていうタイトルに繋がっていくんですけれども、別に思い出の扉だけを開くでもよし、新しい発見があって扉を開くでもよし。そういう意味で、私の心に詰まってる何か一欠片が自分や、私の作品を聴いてくれた人たちにとっての鍵に変形するっていうこともあるんじゃないか。で、扉も本当の扉じゃなくて、家のない私にとって、何かのフレーズが扉だったりするのと同じように、この世の中にいっぱい扉はあるっていう提示をしたかった。

−−それは、一青窈さん自身が、今の私だったらどんな扉でも開けちゃうよっていう気持ちになれているが故の提示ですよね。

一青窈:そうですね。昔だったら別に扉なんて開けなくても「実家、帰ればいいや」って思ってた(笑)。
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