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−−そのときに何か感じるモノがあったわけですか?
山下穂尊:なかったんですよ。
(一同笑)
山下穂尊:っていうのは、自然だったんですよ。本当に言葉は挨拶程度で、自然にやれたんですよね。「歌うまいな」って多分思ったとは思うんですけど、「これは良いボーカルを見つけた!」と思ったわけでもなく、自然と「じゃあ、次どうしよう?」みたいな感じで、3人での路上ライブをやるようになっていったんです。ただ、最初、聖恵は飛び込みで入ったんですけど、当時はそれこそサガジョの女子高生がワァ〜っと居たんで、「誰だ?この女は!」みたいな空気になって。
水野良樹:ドン引きでしたね(笑)。
山下穂尊:で、帰り、3人で電車で帰ったんですけど、「じゃあ、そろそろ地元の本厚木に・・・」。
水野良樹:「帰りましょうか?」ってなって(笑)。「サガジョ相手はもう無理だろ」って(笑)。
吉岡聖恵:でも私はドン引きされたのに全く気付かず、気持ち良く歌っていたんですよ。「晴れ舞台じゃ!」みたいな感じで、気合いが入っちゃって。
−−(笑)。
山下穂尊:俺と良樹は厚木高校だったんで、本厚木駅を使っていたし、聖恵の実家も厚木だったんで、それから定期的に本厚木駅の前で路上ライブをやるようになっていって。
水野良樹:で、2人のときに仮で“いきものがかり”っていう名前を付けていて、吉岡が入ったときに「これは名前を変えるチャンスだ」と。それで格好良い名前に変えたかったんですけど、なんか、吉岡が気に入ってしまって。
吉岡聖恵:私が入ったときから“いきものがかり”っていう名前に違和感がなくて。ただ2人はすごく変えたがっていて。でもそこで出てきた候補がまず“イッキーモンキー”。
−−・・・。
水野良樹:いや、だから、どんぐりの背比べ状態だったんだよ(笑)。
吉岡聖恵:「吉岡聖恵をイメージして“ピンクモンスター”なんてどうだい?」って言ってきたり。
山下穂尊:あと“ガーデンパーティー”。
吉岡聖恵:結構“ガーデンパーティー”は良いところまで行ったんですけど、「そんなタマじゃない」ってなって(笑)。
水野良樹:だから名前もそうだし、成り立ちもそうなんですけど、本当に自然で。今まで一度もですね、「メジャーデビューを目指して頑張っていこう」という話し合いをしたこともなかったし、「こんな音楽をやっていくんだ」とか、そういった決意めいたことをしたことが無くてですね。なんとなく、3人とも「やるんだろうな」みたいな感じで、いつも進んできてるというか。最初からそうだったんですよね。
山下穂尊:当時は高校生だったからね、それこそ部活代わりというか、「楽しい遊びを見つけた」みたいな感じでやっていて。で、まぁ大学の受験もしたし、進学校だったから普通に大学は行くもんだと思っていたし。だから高校3年の夏終わりぐらいで「とりあえず解散」みたいな。それから2年間ぐらい受験の生活に入って、その間は一切活動もしなくて。「大学に入ったらまた出来ればいいかな」っていう風に、なんか、ぼんやりとは思っていて。
で、地元の公民館みたいなところで結構みんな勉強するんですけど、自習室で。そこで勉強しながら良樹と「またやれたらいいね」って話したりするようになって。ただ今度は路上ライブだけじゃなくて、ライブハウスでもやって、サポートは高校時代の友達とかにやってもらって、バンドでデカいライブをやれたらいいねって。まぁそんな話をしているのが楽しかったですね、そのときは。とにかく勉強っていうのが目の前にあったので。結局それから2年半〜3年近くは活動してないんですけど、大学生には無事になりまして。で、俺と良樹が21才で、聖恵が20才のときに「もう一回やろうか?」ってなったんです。そこからいわゆるインディーズ活動というのが正式にスタートしました。それで、取材して頂いた厚木市文化会館でのワンマンライブとかも出来るようになって。
−−あの日のワンマンライブのことは今でもよく憶えてますか?
水野良樹:大きなことだったんですよね。地元のライブハウスを超えて、まぁ小ホールだったんですけど、文化会館でやるっていうのは、当時の自分たちからするとすごく大きなことだったと思います。
山下穂尊:今考えると、あの頃はすごくよくやってたなって思う。21才、20才で、いきなりサンダースネークでワンマンライブをやったんですよ。それも何とかチケットを頑張って売って、300人ぐらい来てくれて。それを3回やったのかな?で、それを更に超えての、あの文化会館。頑張ってチケット売りましたね。一所懸命いろんなところで路上ライブやって、「今度、厚木市文化会館でライブやります」って言って。更には、初めてローソンチケットでチケットを買えるようになったりしてね。
水野良樹:あったね〜。「手売りしなくていいんだ」とか言って。
吉岡聖恵:出てきたチケット、大事に持ってましたもん。コンビニから出せるチケットに自分たちの写真が載ってるんですよ。「載ってるよ!」って思って、ずっともう大事に持っていて。でもライブハウスからホールに移って、キャパが増えるんだっていうことは分かってましたけど、大きな気負いはなかった気がします。
水野良樹:その頃って、まぁ今もそうなんですけど、結構小さい目標というか、中くらいの目標を立てて、そこに一歩ずつ進んでいくっていう感じが強かったんですよ。まず最初はワンマンライブやって、で、「2回目も同じぐらいの人を集めよう」っていう目標があったりとか、「初めての音源を作ってみよう」っていう目標があったりとか、その中のひとつだったんですよ、あの日のライブは。「座席があるホールでやってみよう」っていう目標を達成しようとしていた。で、その先に、メジャーデビューがあって、シングル出して、アルバム出して、ずーっと繋がってるんです。
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