−−今回はデビュータイミングのインタビューということで、デビューシングルについてはもちろんなんですが、JYONGRIのデビューに至るまでの生い立ちについても聞かせていただきたいんですが、まずどんな家庭で育ったのか教えてもらってもいいですか?
JYONGRI:4人家族です。お父さん、お母さんと4才下の妹がいます。いたって普通の家族ですよ。すごく音楽に溢れていた家族でもなく、かといって音楽に全く興味のない家族でもない、ごく普通の。ただ親は私がしたいことはほとんど何でもやらせてくれてました。でも厳しいところは厳しく、怒られることも多々あったんですけど(笑)。すみませんね、なんか、「お母さんがミュージシャンでした」とか、特別なエピソードもなく(笑)。
−−そんな普通の家庭の中で何をキッカケに音楽に目覚めていくんでしょう?
JYONGRI:4才のときにピアノを始めたのがキッカケですね。お母さんが趣味でやっていたピアノが家にあって、私もピアノを習いたいとお母さんに伝えたところから始まりました。あとは車の中とかテレビから流れてくる音楽を聴きながらよく歌ってましたね。
−−小さい頃からいつも歌っているような女の子だったの?
JYONGRI:はい。元気でしたね。元気で、ちょっと変だったのかな(笑)。当時のビデオとかも残ってるんですけど、異常なほどよく歌ってましたね(笑)。
−−ちなみに自分の意思で初めて買ったCDは?
JYONGRI:ローリン・ヒルの『The Miseducation Of Lauryn Hill』。映画『天使にラブソング2』の中で歌っている彼女を見てファンになったんですけど、今でもあの映画は私の心に残る作品なんです。特にラストのローリン・ヒルがコンクールで『Joyful・Joyful』を歌ってるシーンが好きで、あの声と存在感やオーラ、とにかくすべてに「うわぁ!」って感動して。
−−あと幼い頃からバレエやバイオリンも習っていたそうですが・・・。
JYONGRI:それは綺麗に辞めちゃったんですけど(笑)、興味からやり出して。バレエもバイオリンも「向いてないや」と思って。
−−今少し話を聞かせてもらっただけで、JYONGRIさんがすごくオープンな性格なのは伝わってくるんですが、それはインターナショナルスクールに幼い頃から通っていたのが大きいのかな?
JYONGRI:緊張感がないんです(笑)。人と喋るのが全然怖くないんです。ただインターナショナルスクールじゃない、日本の公立の学校に通っている友達とは確かに「何かが違うな」とは自分でも感じます。実際「なんでそんなにアメリカ人っぽいの?」って言われたりするんですけど、「これをするのが普通」とか「これをするのが当たり前」とか、常識っていうモノにあまり捕らわれたくないというか、捕らわれないように育てられてきたので。なのですごくおかしなところもあるんですけど(笑)、基本的に自分が思ったことを言ったり、したいことをやることは全然怖くないんですよね。
−−そんなJYONGRIさんが“歌”というモノに魅了され、追求していこうと思ったキッカケは、さっき『天使にラブソング2』の話も出ましたが、ゴスペルの存在がとても大きかったそうですね?
JYONGRI:それが一番大きいです。『天使にラブソング2』を観て「ゴスペルっていいな!やりたいな!」って思っていたんですけど、それを行動に移すことはなかったんですよ。でもそのとき私には家庭教師の先生がいたんですけど、その先生がその当時たまたまゴスペルスクールを開校していて、その中にキッズゴスペルクワイヤを作ろうとしていたんです。で、その話を聞いた私は「ちょうどしてみたかったらする!」って言って始めて。そんな偶然が重なり合って、今の自分のルーツが出来ていった感じですね。
−−で、11歳の頃から「世界一歌の上手い歌手になろう」と思って、本格的に歌を取り組んでいったと。
JYONGRI:「歌をずっと歌っていきたいな」っていう強い意志を持ち始めたんですよね。「歌手になって有名になる」とか「CDをリリースする」とか、それ以前に「歌をうたい続けたい」って想いがすごく強くて。で、歌が上手い人は本当にたくさんいるから、その夢を叶えるためにはもっと私も上手くならなきゃいけないなって思って「世界一歌の上手い歌手になろう」という大きな目標を掲げて、そのための妥協はしないって決めました。
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