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−前回のインタビューが前作『殺風景』のリリース時だったので、今回は約2年ぶりのインタビューになるわけですが、今日は2年分たっぷりとお話を聞かせてもらればと思います。まず、ディープな質問になるかもしれませんが、前のレコード会社から離れて今の事務所と知り合うまでにはどんな経緯があったんですか?

熊木杏里(以下K):今の事務所のマネージャーが前の作品のレコーディングに顔を出しに来てくれたりしていて、私が前のレコード会社から離れて完全に孤立する前に誘っていただいたのがキッカケですね。武田鉄矢さんの事務所なので、“フォークソング”っていうところで私もすごく縁を感じて、「こちらからもお願いします」といった流れで今の事務所には入ったんですが、キングレコードさんから自分の作品がリリースできるまでの間は結構あって。でも、古くは“はっぴいえんど”とか高田渡さんと仕事をしていた方々がキングレコードさんにはいて、すごく興味を持ってくれて、最終的にリリースできることになって。嬉しかったですね。

−そこに辿り着くまで、環境が変わっていく中で“音楽を作る”とか“歌をうたう”っていう事に関して、戸惑いを感じたりは?

K:それはありましたよ。性格的にすぐマイナスの方に行くので、「大丈夫だよ」って思う反面、何も無いような状態がずっと続くとすごく不安になったり、「私って歌わなくても別に良いのかも・・・」みたいなことも考えたり。それまでは、誰かに頼まれて歌をうたっているような思い上がりがあったので、いざそういった環境がなくなると、「私なんかいらないんじゃないか」って思ってしまったりしたんですけど、結局「自分がやっぱり歌をやりたいんだ、私はこの詞を書いて安心したいんだ」っていうような感じに少しずつなっていて、そんな葛藤を繰り返してましたね。

−より悩んだって感じ?

K:そうそう。より悩んで、しょっちゅう家でふてくされて、泣いてた時もありました。

−じゃあ、こうして環境が整った時はかなり自分の中では「救われた!」みたいな?

K:そうそう。相変わらず戸惑いますけど、最近はようやく少し自分に自信を持って。「別に間違ってても今は今の感情しかないわけだから、“若いくせに”とか思われてもいいや」って。「それをそのまま歌ってしまおうよ」っていう気持ちに今はなってますね。

−ありがちな言い方ですけど、今振り返ると悩んだ期間はすごく大事だった?

K:そうですね。でも、「もうあの期間はいらない、これから先はもういらないだろう」と、思ってます(笑)。

−そうした葛藤もありながら、ライヴ活動は常にやり続けていた印象が僕の中ではあるんですけど。

K:そうなんですけど、まだライヴで歌うという事が、やりながらもよく分からなかったんですよね。近頃ですよ、ようやくライヴが「自分にとってとても良い場所なんだな」って思えるようになってきたのは。

−この2年で印象に残っているライヴはあります?

K:名古屋の『青春のグラフティーコンサート』。3万人くらい集まる大きなイベントだったんですけど、それのオープニングアクトを務めたんですよ。あの辺から“歌う”っていうことに関して自分の力の無さを感じましたね。心の持ち様とか。で、「自分の歌を聴かせるにはどういう風に伝えようか」とか、色んな事を思うようになって。そこから意欲的になってきましたね、「もっとこうしたい」とか。

−『青春のグラフティーコンサート』には、遠藤賢司さんも出てたんですよね?

K:そうそう。あれだけ人がいるとね、さすがに圧倒される部分があるんですけど、遠藤賢司さんはあんなに人がいっぱいいるのに5人くらいの前で歌っているようなライヴを繰り広げてて。あれはすごい。あんな風に私もなりたいなと思って。それからしばらく“遠藤賢司ブーム”が続いてますね(笑)。CDとか買って。

−最近のライヴは結構楽しめてる感覚が自分の中ではある?

K:この前、札幌に行った時からなんですよ。

−急に楽しくなった?

K:急に。『私をたどる物語』をシングルで出すためにレコーディングをしていたんですけど、その辺りから何となく自分の中で“伝えたい”っていう想いがすごく溢れてきたんだと思うんですね。

 人間って、大切なことを大切にしたままに生きていくことに何より苦労して生きてるのかもしれない。妥協しない、諦めない、歩みを止めない・・・実にポジティブな発想の先には、ネガティブの雨あられ、時には冗談じゃなく槍も飛んできたりする。こんなに前を向いて生きていこうとしているのにどうして邪魔するの?それとも、その“前を向いて生きていくこと”自体がいけないことなの?葛藤する。もう嫌って程に葛藤するんだ、妥協しないと、諦めないと、歩みを止めないと。もう面倒くさいよね、そんなの。でも、また歩き出しちゃうんだ。だって、それ、僕にとって何よりも大切なものだから。死んだって捨てられないよ。

 熊木杏里、『hotexpress』約2年ぶり5度目のスペシャルインタビュー。

対談

熊木杏里
×
Tetsuo Hiraga


2nd Album
「無から出た錆」

01.長い話
02.夏蝉
03.あなたに逢いたい
04.景色
05.おうちを忘れたカナリア
06.新春白書
07.雨
08.説教と楓
09.ムーンスター
10.イマジンが聞こえた
11.夢のある喫茶店
12.祖母と二人で
13.風のひこうき
14.私をたどる物語(BONUS TRACK)

KICS-1150
¥3,000(tax in)

2005.2.23 in STORES

熊木杏里 オフィシャルサイト>
http://www.kumakianri.com/

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熊木杏里

そうした事によって開き直ったみたいな、「自分がこれを作ったんだから聴いてもらうしかない」って、「それを聴きに来てくれる人がいるんだ」って思ったら、ライヴが急に楽しくなってきたんですよ。なぜなのかよく分からないんですけどね。

−この2年間、曲作りもずっとやってたんですか?

K:ずっとやってましたね。

−今回リリースされたアルバム『無から出た錆』からも、『殺風景』からの変化を感じたんですが、自分の中でも「書く曲や詞が変わってきたな」と感じる事はあった?

K:感じましたね。それは意識して変えたところがあるんですよ、もうちょっと自分の感情に近い部分の表現に方向転換したというか。自分で感じた事があるのに、それを忘れてしまう事とか見過ごす事が結構あってですね、大きな括りでしか物事を考えないようなところがあったので、「それはちょっと違う、やめてみよう」って。それで、嘘が無い、もうちょっとその辺を考えてみようと思ってね。「夢ばっかり見てるような、きれい事みたいなのをやめよう」という気になったんですよね。だから今は『景色』みたいな曲が好きだったりするんですよ。分かりやすい、もうちょっと日常に降り立った曲が。

−それは『殺風景』を作り終えてから思ったこと?

K:そうそう。「もうちょっと細かいものを」って。『殺風景』は全てテーマがタイトルみたいな風に私には見えてて、今回はそのタイトルから「中身を書いてみよう」って思って、もうちょっと細かく、抽象的じゃない感じ。

−それを具体的に詞にしたり、曲にしたりしていく中で、どの辺からそれが自分の中で「上手くできるようになったな」と思い始めました?

K:『長い話』が出来て、それを「良いね」って言われた時から、「こういう事でも良いのか」って。今までは私、それを後でもう一回練り直して難しい言葉にしたりとか、それで悩んじゃったりしていたんですけど、『長い話』を作り終えた時から、こうやって「素直な感じで書いてみよう」と思って。それで、『イマジンが聞こえた』とか『景色』とかもそういう素直な曲になったんですよね。素直、それだけですね。

−何が“熊木杏里”をそうやって素直にさせたんでしょうか?

K:「分かってくれ!」って言いたかったんだと思う。あと、私、多分そのまま書くしかなくなってたんだね。結構切羽詰ったような気持ちになってたから、それがそのまま出てきたんだと思う。

−それが出終わった後は気持ちが良かったり?

K:そうそう。「出来た!これこれ」って(笑)。

−今作『無から出た錆』が前作に比べてストレートな内容になっている理由が分かりました。逆に今改めて前作『殺風景』を振り返ると、どんなアルバムだったと思いますか?

K:まだ私も直視してないと思うけど、あまり現実的な事をよく分かってない子が「きっと世の中こうなんじゃないの?」ってぼやいてるみたいなアルバムだと思う。まだ夢見がちな。体験してないんだけど、「きっとこういうのがそうなんじゃないのか」みたいな事を。世の中はきっとこうなんじゃないの、っていうナメた感じ(笑)。

−まだそこに確信が無い感じが『殺風景』の色でしたけどね。その『殺風景』から2年ぶりにアルバム『無から出た錆』がリリースされたわけですが、こうして新作が完成した事はかなり嬉しい?

K:そうですね。「2年間が詰め込まれた」って感じです。今作を聴くと、「無駄になってない2年だな」と思いますね。だから結構自分としては、「1曲1曲完成度が高いんじゃないか」って思います。

−正直なところ、『殺風景』と『無から出た錆』、どちらの方が完成した時に気持ちがハイになりました?

K:圧倒的に『無から出た錆』ですね。ようやく自分で意志を持って、歌ってる時もそうだし、ディレクターとか色んな人と喋ってる時もそうだし、「自分はこうなんだよ」っていう気持ちが素直に出てるんですよね。だから前作よりももっと“自分がそこにいる”っていう。誰かに作ってもらったような気もしないし、それはもちろん前もそうなんだけど、前は甘えていた部分が結構あったんですよね。で、前よりもメッセージ的なものがすごく増えてると思うし。

−今回のアルバムのレコーディングの雰囲気はどうでしたか?




K:前よりも温かい感じでしたよ。良い意味で仕事っぽくない空間でしたね。あと、自分が主役の状態にしてくれたし。私、そういうの結構好きなので(笑)。それはあったかな。あと、準備期間が長かったので、「早くレコ−ディングしたいな」と思ってましたし。

−それまでのジレンマが長かったっていうのもあるんでしょうね。

K:そうですね。スタジオの雰囲気がすごく好きで、音楽の事だけ考えていられるのがすごく嬉しくて、「早くあの空間に行きたい!」っていうのだけを考えて、今回のレコーディングの後半は生きていたような気がする(笑)。

−さて、そろそろ今作『無から出た錆』の収録曲について触れていきたいと思いますが、その前に『無から出た錆』というタイトルに込めた意味を聞かせてください。

K:昨日考えてたんですよ、「明日平賀さんに聞かれたら何て答えよう」って(笑)。ずっと考えてて、いまいち良い答えが出てこないんですけど、『無から出た錆』っていうのが、いつからか分からないけど、タイトルとしてずっと自分の中にあったんですよ。で、“無”に関しては、自分は形の無いものだと思っていて、だからこそ何も無いのが自然、何かあるのがおかしい。「形がある事自体がおかしい」っていうのがあって、それだからこそ何か色々悩んでしまったりとか、郷愁を感じる自分がいたりとかする。で、「その形の無いところから何かが起こってるんだよ」っていう。何も無い日常から何かを感じた時に出てくるのが“錆”。そんな意味が込められていたりします。

−その『無から出た錆』の1曲目『長い話』ですが、この曲の詞はノンフィクション?

K:ノンフィクションです。

−これを僕が最初に聴いたのが、高田馬場CLUB PHASEのライヴの時だったんですけど、17歳の時から歌っていくじゃないですか。勝手にドキドキして聴いてたんですけど(笑)。で、20歳の時に熊木さんに初めてインタビューしてるので、20歳以降のフレーズは余計色々感じる部分が多くて、「確かに20歳の頃はちょっと悲観的なところあったよな」とか(笑)。こういった自伝的な曲を書こうと思ったのは?

K:素直な気持ちで自分を振り返ってみたくなったんですよね、その2年の間に。で、「自分はどんなだったっけ、私は今日までどうやって生きてきたかな」みたいな。「(吉田)拓郎さんの歌みたいに出来ないかな」と思って作ったんですよ。

−この曲は作る前より、出来た後の方が色々考える事も多いんじゃないですか?

K:そうなんですよ。作ってる時は本当に無意識に書いてたから、あっという間に出来ちゃって。出来た直後もそんなに大した感動も無い訳ですよ。文章だし。でも、「上手く書けたな、私ってそうなんだよな」って。徐々に考えさせられちゃって。

−21歳の時は“人が悲しかった”というフレーズが出てきますが。

K:すごくそれを感じた時があって、「結局口に出して言わないと自分が思ってる事は誰にも伝わってないものなんだな」と思ったんですよ。何かあったんですよね、そう思う事が。例えば、たわいも無い事なんだけど、自分は別にお腹が痛くて怪訝な顔をしてた訳じゃないのに、それを「お腹痛いんじゃないの?」みたいな風に軽く思われる事があって、悔しいような悲しいような気持ちに急になっちゃって。その時、雨が降ってたんですけどね、「結局優しいのは雨だけだよ」みたいな(笑)。すごい悲観的になってて、「独りぼっちなんだ」っていう感じ。

−今はその辺はどうですか?生活していて。

K:今は独りぼっちが当然。その上で何かを喋ったりする事がだんだんできてる。でも、まだ何処かで「誰に対しても正直でいたい」っていう気持ちがあって、「正直でいるっていうのは結構難しいし、苦しいな」と思って。それこそ人と話してる時に「自由人で良いですよね。羨ましい限りですよ」とか言われると、「いつでも自分の事を分かってほしいだけなんだよ」ってやっぱり思っちゃう。誰にも嘘をつきたくないと思うんだけど、実際は「伝わらないもんなんだな」って。やっぱり少し悲しいですよね。

−続いて、2曲目『夏蝉』。“郷愁”にどっぷりと浸っていられる曲になっていますが、こういった曲を作ろうと思ったキッカケは?

K:一人暮らしを始めたりして、そういう気持ちにもちろん駆られてたんですけど、チューリップの『夕陽を追いかけて」という曲を聴いていたのがキッカケですね。あの曲を聴いて、「ふるさとって何だろうか」って、ふるさとの長野の事を思い返すようになって、それを考えていた時に「私は旅立ちをしたんだ」みたいな・・・上手く言えないですけどね。「みんなと一緒にただ遊んでいた時の時代はもう終わったんだな」っていう。

−そういうのを感じて、歳をとる毎に泣ける曲になっていく気がします、『夏蝉』は。

K:これは私、自分で歌いながら涙ぐんでしまう事もありますからね。実家でみんなに会って、東京の家に帰る電車の中とかで、自分で聴きながら泣いたり。

−これを家族に聴かせた事は?

K:無いです。面と向かっては無いですね。ただ、『夏蝉』を作ってから、家族が今までと違って見えてきて、「大事にしないと」って思えました。

−続いて、『あなたに逢いたい』。すごく詩的ですけど伝えたい想いはストレートですよね。

K:ストレートだからこそね、あまりストレートに言っちゃいたくないと思って。でも冬、春、夏っていうような、ちょっと(井上)陽水さんが出す感じの季節感が良いなって。イメージ的には、「ちぎり絵みたいに思い出を貼り替えてまた1枚の絵になったら良いのに」みたいな。

−この曲はタイトルからして驚きました。

K:これずっと悩んでたんですよ。「ちぎり絵」とか「映写機」とか色々タイトル候補があったんですけど、結局これが言いたいんじゃないかって思って、『あなたに逢いたい』に。初めてこんなストレートなタイトルを付けてみました。

−ちょっと前の熊木さんだったら、この曲のタイトルを「ちぎり絵」とかにしてますよね?

K:しちゃってますね。



−続いて、4曲目の『景色』。かなり爽快な曲になってますけど、自分の中でも新鮮なタイプの曲なんじゃないですか?

K:そうですね。アレンジのお陰もあるんですけど、ボブ・ディランを初めて聴いた時に作った曲で。「何かを訴えてみよう、若者らしく」っていうのがあって。

−詞に命令形が出てきますからね。結構衝動に駆られて書いたような。

K:そうそう、その衝動です、この曲は。「この詞と同じような事を考えてる若者がいたら良いな」と思って、そういう人に向けて。

−昔ながらのフォークソングですよね。

K:そうですね。圧倒的にフォークソングですね。「何かを訴える感じがもうちょっと自分の中で欲しいな」と思って。“叫び”みたいな。

−この曲は人前でガツンと歌ってほしい曲だなと思いました。

K:そうですね。今度ライヴで歌おうと思ってるんですけど、この曲は今の私の心境に一番近いんで、どんどん歌っていきたいと思ってます。

−続いて、『おうちを忘れたカナリア』ですが、すごく温かい曲調ではあるんですけど、詞が切ない。

K:これはまだ家族と一緒に住んでる時に、私があまり家に寄り付かないで遊んでる時期があって、その時にお母さんに「本当にあんたはおうちを忘れたカナリアね」って言われたんですよ(笑)。それが好きで、「そうそう。私、カナリア」みたいな(笑)。飛んでいったまま帰ってこないっていう。そこから発展していって出来た曲です。あと、この曲は古い曲なんですけど、今回もう一回作り直して。テンポ感が好きだったんで、「こういうのも良いんじゃないか」って思って、今作に入れてみました。

−続いて、おそらく今までの熊木さんの曲で一番可愛らしい感じの『新春白書』。この曲はどんなイメージで作ったんですか?

K:これは「正月ソングを作ろう」と、意図的に、計画的にやったんですけどね。「正月ってこんな感じかな」って。正月、年末になると、それが切り替えてくれるから、それに便乗して自分も切り替わるみたいな、「よし!何かやろう」って人は思うじゃないですか。で、最初タイトルは『明けまして便乗』だったんですよね。

−(笑)。

K:「そのままじゃん!」って(笑)。

−新春のソワソワ感じゃないですけど。

K:そうそう。

−あと、この曲は耳に残りますよね、つい口ずさんでしまうくらいのキャッチーさがあって。

K:そうですね。妙にキャッチーですよね。結構好きですね、自分の中でも。

−続いて、7曲目の『雨』。個人的には、絵本を読んでいるような感覚になった曲なんですが。

K:『メリーポピンズ』みたいなイメージですよね。「傘持って踊ってる」みたいな。この曲は雨が降ってる時に家の中で、雨に色んな想いを込めてみちゃった感じで。雨って降ってると、窓を閉めててもその音が聞こえてくるじゃないですか。「そんな風に友達が思ってる事も聞こえれば良いのにな」と思ったりしながら書いた曲ですね。

−続いて、『説教と楓』。曲は結構軽い感じなんですが、詞は重い。

K:言いたい事を“ワーッ!”と叫ぶよりも、“ボソボソ”っと言った方は伝わるんじゃないかと思って、そういう感じにして。

−この詞は武田鉄矢さんの影響が・・・あるそうですね?

K:ちょっと軽いお説教をされたんですけど、それで最初はヘコたれるわけです。でも、だんだん何も言い返せなかった自分が悔しくなってきて、その日の帰りに喫茶店で殴り書きした歌詞です(笑)。あの時、ちゃんと「自分はこうなんですよ」って言っておけば良かったのにと思って、自らの反省も加えて、一回は言葉を捨てるんですけど、最終的には心の中で「若者として発信していくんだよ」っていう感じで。「“若い”からって別に馬鹿にされる覚えもないや!」っていう事をもっと歌っていこうという決意表明ですね。

−そして、9曲目の『ムーンスター』。

K:「“月”についていつか歌ってみよう」と思ってて。月はいつも形が変わるけど、月っていう名前はある訳で、私もそんな“月”みたいにになろうって。姿が変わっても、それでも“私”って言えるような、自分があるっていう。

−この曲もライヴに挟むと、今までにない“熊木杏里”のライヴが出来そうですね。

K:そう!これは結構ライヴをイメージして作ったんですよ。しかも結構広いホールで“ワーッ!”って盛り上がりながら“部屋に三日前に〜♪”って。「そんなライヴやれるの?」とか思ったりもするんですけど(笑)、イメージとしてはそんな感じで、みんなで盛り上がりたい。

−熊木さんのライヴって“聴き入る”っていうのがオーディエンスのスタイルの基本としてありましたけど、こういう曲が入ると変化がつけられますよね。

K:そうですね。「悲しい、切ない方向に、いつも向かっているよりは、もうちょっとこういう部分も見せよう」って思ったんですよね。自分を良い風に見せたがって、どうしても悲しい事とか考えて、そればっかりが『殺風景』だったんですよね。「そればっかりじゃないや」って思えたのが今作であり、『ムーンスター』のような曲だったりすると思いますね。「もうちょっとふざけた感じもあるんだよ」っていう。

−続いて、『イマジンが聞こえた』ですが、この曲はすごく僕の中で衝撃的な曲でした。ジョン・レノンが「イマジン」を歌って、あの人は「音楽が世界を救う」とか「音楽が平和にする」と言っていた・・・“だけど”っていうのが現実としてあって、その辺をバシッと表現してくれる曲を熊木さんが作ってくれたことに感激して、また考えさせられました。実際に熊木さんは“グラウンド・ゼロ(9.11アメリカ同時多発テロ 世界貿易センター跡地)”を見たんですよね?

K:はい。テレビで見てた時は「街中に旗を掲げたりして、本当にアメリカってアメリカの事が好きなんだな」とか思っていたのが本当のところで。でも、“グラウンド・ゼロ”を実際にこの目で見た時、寒気みたいなものを感じて。「ここでいっぱい人が死んだんだな」って思ったら、自分の思い違いみたいなものをすごく感じてですね。「私、確か“格好良い”とか思ってたよな」って。

−その辺の素直な感覚が『イマジンが聞こえた』に反映されてますよね?

K:そうですね。良い事を書こうと言うよりは、「気負う事なく素直に歌おう」と思ったので。「私は現段階ではこのくらいしか思ってません」っていう。

−そっちの方が伝わりますよね。“Love & Peace forever”って、大きな事を平和な日本人に歌われても、明るい気分にはなりますけど・・・「で?」っていうのがありますからね。ニューヨークはそもそも何の為に行ったんですか?

K:「ミュージカルを観よう」って、プロデューサーの吉俣さんが言っていたので、「私も行きたい!」って言い出して、3日間だけついて行って。でも、ミュージカルを観に行ったはずなのに、得てしたものは“グラウンド・ゼロ”で。ミュージカルの事なんか何も覚えてない・・・。



−そんな現実を感じさせる『イマジンが聞こえた』の後に、『夢のある喫茶店』が聞こえてくるわけですが。

K:この詞は結構夢見がちなところがあってですね、「夢ってこんな感じであって欲しい、いつまで経っても夢ってこういうものだ」っていう事を思ったんですよ。夢を叶えようとすると、具体的にお金の問題とか出てくるけど、「もうちょっと夢なんだからさ!夢なんだから夢見がちでも良いじゃないか」と思うことがありまして。それと、喉のガンで歌を一度諦めちゃった女性と会ったり、さっき話した“グラウンド・ゼロ”の影響で不幸になってしまった人のことを考えたり、今はサラリーマンのお父さんもミュージシャンになりたかったことを思い出したり、色々考えさせられることがあった中で、私は諦めないで、自分は自分でどんな夢だって良いからちゃんと持っていこうと思ったんですよね。

−月並みな質問を敢えてしますけど、今の熊木さんにとっての夢は何ですか?

K:夢・・・私、まっとうな人になりたいんだと思う。色んな事を考えて、「人生って何だろうか」ってずっと考えていく中で、歳をとっても「まだ分からないんだよね、人生って」って言ってるような人になりたい。その時まで歌はずっと歌っていたい。ずっと形の無いもののまま色んなものを見ていきたい・・・っていうのが夢かな。

−そこは大事な気持ちですよね。歳をとると、そこの部分って「考えても仕方ない」という一言で終わっちゃったりしますからね。

K:そうそう。

−続いて、『祖母と二人で』ですが、この曲はおばあちゃんとの思い出を歌っているの?

K:そうですね。おばあちゃんが初めて話してくれたことなんですけど、おばあちゃんには“戦争に行っちゃったお兄さんがいて”とか、“その時お兄さんは下駄を履いてて”とか。そういった思い出を話してもらった時に、今の時代は私みたいに色々自由にできるけど、おばあちゃん達の時代にはそんな風にできなくて、色んな事をやり忘れただろうし、そう考えると、「寂しいな」と思って。同じ道を歩いてて、私はまだこれから先があるけど、おばあちゃんは・・・。それが「嫌だな」って。

−そのおばあちゃんは、熊木さんにとってどんなおばあちゃん?

K:愉快なおばあちゃんなんですよ。そんな愉快なおばあちゃんが私と2人になった時に、さっきのような話をしてくれた事で、「私も大人になったな」って自分でも思って。そういったおばあちゃんの話に「興味を持つようになったんだ」とか思って。

−この曲をおばあちゃんに聴かせた事は?

K:おばあちゃんは自分でアルバム買って聴いたみたいで、「よく覚えてたね。そんな事言ったの」とか言ってましたけどね。「おばあちゃん達にも聴ける曲を作る」っていうのは目標にあったんですよ。

−それが今回出来たと。

K:そうですね。

-そして、本編ラスト、13曲目の『風のひこうき』ですが、この曲にはどんな想いを乗せてるんですか?

K:自分が“風のひこうき”なんですよ。それは、お父さんが諦めてしまった事とか、学生時代の先生がいつか電話をくれて、「あの頃お前らと一緒で楽しかったのにな」とかお酒を飲みながら言ってて、「先生は今楽しくないのかな?」って思ったり、そういった色んな人の挫折を見たり、聞いたりする中で、私は「諦めないよ」っていう意志がそこにあって、「その夢預かった!」ぐらいの気持ちがあるんですよね。贅沢かもしれないけど、私はやりたい事をやっていく、おこがましいようだけど、「みんなの夢を乗せて飛んでいく」、そういう想いを歌った曲ですね。

−そういう想いもあって、最後を飾る曲にしたの?

K:そうですね。「ひこうき飛んでいく、まだ終わらない。ここはまだ通過点だから」っていう想いを込めて。

−そんな『風のひこうき』で今作の本編のラストは飾られるわけですが、今作には『3年B組金八先生』の劇中歌にもなったボーナストラック『私をたどる物語』が収録されているんですよね。

K:そうです。この詞は武田鉄矢さんが『金八先生』に宛てた想いなんですよ。で、最初は武田さんに「曲を付けてみてくれ」って頼まれて、私は「武田さんが歌うんだ」と思って曲を書いたんですよ。武田さんをイメージしながら。それで、デモテープを武田さんに渡したら、「お前が歌った方が良いな」って言われて、今回歌うことになったんです。私にも身に覚えのあるような歌詞で、特に“だけどやっぱり きみが悪いよ 自分を隠しているからさ”なんていうフレーズとかがね。あと、この曲の詞を最初は誰が書いたものか分からない形で渡されたんですけど、「え?私に宛てた手紙かな」って思ったくらいに自分に当てはまっちゃってて。だから、武田さんが子供、私たち若い人に向かって言いたかった事なんだけど、武田さんの目線から歌うよりも、同じ目線で歌った方が中和されて、良い意味で説教臭くならないみたいなところもあっただろうし。実感込めて歌えましたね。

−以上、ボーナストラックを含む全14曲入りの『無から出た錆』ですが、今後自分にとってどんなアルバムになっていきそうですか?

K:『無から出た錆』は色んな郷愁を感じてセンチメンタルになってる自分と、誰かに怒られちゃってヘコんだけど「意志を持とう」と言う自分と、『景色』みたいに勢いよく「若いんだから良いじゃんか」っていうような感じで熱く生きていこうぜって言う自分、そんな色んな私の気持ちが混ざってるアルバムですよね。そして、ここからもう一歩、次に抜け出すためのアルバムと言うか、月並みな言葉で言うと“スタート”みたいな感じですかね。

−ここから始まる?

K:そうそう。これからの自分の目標としては、「もっと熱く、間違ってても良いから色んな事を叫んでいこうよ、悩んでる事も“ワーッ”と自信を持って歌ってしまおう!」というのがあるので、そういう風になる為の前触れみたいな。

−それがやっと出来たんですね。あと、このアルバムを引っ提げたライヴがCLUB PHASEで決まってるようですが、これからはどんなライヴをやっていきたいですか?

K:しばらくはもっと自分に自信を持って歌う。その風景を大事にしたい。「ライヴっていうものにもうちょっと重心を置きたいな」と思ってます。

−分かりました。それでは最後に読者の皆さんにメッセージをお願いします。

K:結局私から見た世界だし、私が思ってる事なので、狭い世界を歌ってるなと思うけど、でもそういうのを必要としてくれる人、こういう気持ちを必要としてくれてる人がいる事を信じてるし、同じ気持ちになってほしいな。こういう事を考えてる、思ってる人がもっと増えてほしい。そういう気持ちが私にはあるので、ぜひ聴いてみてください。

Interviewer:平賀哲雄