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−神戸でツアー初日が行われたばかりですが、手応えはどうでした?

龍之介(以下R):神戸でライヴやること自体が初めてだし、ツアーと言う形でまとまってやるのも初めてだし。色々な意味で初体験だったんですけど、嬉しくて良く喋ってしまったんですけどね(笑)。こんな喋るはずじゃなかったのにと思うくらい喋って・・・嬉しかったからなんですけど。

−会場の雰囲気とかはどうでした?

R:JAZZとかが流れているカフェみたいな感じで・・・。

−お客さんのノリは?

R:今回のツアーは、招待制のライヴで抽選で当たった人が来てくれるものが多いで、いつもの対バンやワンマンとは違う独特の雰囲気がありますよね。ラジオで偶然流れていた僕の曲を聴いて、なんか良いから応募してみようと思って、たまたま当たってライヴに来てくれたっていう。実際ライヴに来るのも初めてだし、僕に会うのも初めてだろうし。それにしても応募してくれるっていうのは僕にしてみたら嬉しいことで。ただ、初対面だという事で、微妙にお客さんとの距離感が掴めなかったかなとは思ったんですけどね。でもそれは今回みたいなライヴの醍醐味だと思うし、音楽的にはお客さんも僕もみんなノッていて凄く楽しかったですね。今回は初日ということで、改めて確認できた課題もあったし、次は新潟、仙台と続くので活かしていきたいなと思っているんですけど・・・雪が積もった場所を踏み出すのって凄い楽しいじゃないですか、あの感じですね。もちろん不安もあるけど、基本的には新たらしい雪を踏むって言うのは楽しいですよね。不安もあったけど、楽しさの方がデカイみたいなね。

−ライヴ前日は飲んでいたと日記に書いてありましたけど(笑)。

R:量的にはライヴの前の日だから、そんなに飲んでないですね。ライヴ後はかなりいっちゃいましたけど。

−前日はどのくらい飲んでいたんですか?

R:時間的には、深夜12時には終わってましたね。

−次の日の公演に支障が出たりしないの?

R:それは全然ないですね。

−今回のツアー【或る夜の龍之介】というのは、元々は今年の5月に新宿のスカラ座で一度行っているんですよね?そのワンマンの手応えがあって今回のツアーがあるといった感じですか?

R:そうですね。自分の中で凄い実験的なライヴだったんです。音楽自体は新しくないんだけど、編成が凄い新しいと思ったんですよね。パーカッション、バイオリン、チェロ、ギターっていう。やってて新しいと思ったのと、気持ち良いなっていうのと、メンバーとの関係が凄く良くて、信頼し合っていて真剣に話もするし、バカな話も。ライヴ中も目配せ1つで伝えられているし。生の楽器なんでね、1つ1つの楽器が歌っているような・・・歌心があるというか、凄く気持ちを反映する楽器だと思うんですよね。そういう意味でみんなの気持ちが1つになった時のパワーたるや凄いんですよ。それは電子楽器に負けないと思ってるところなんですけど。リハーサルの音符を追いかけて確認しながらやっているのと、本番のみんなの気持ちを持っていって弾いた時の違いたるや、それはもの凄いんですよ。バンドとかもそうだと思うんですけど、その時にしか聴けないグルーヴとかがあって、本当に【或る夜の龍之介】という言葉通り、その日限りの音が出るし、あの編成だと非常にその日限りの音が出やすいと思うんですよね。

−そういった、チェロとかパーカッションの奏者と一緒にやったのは、新宿スカラ座の公演が最初だったんですか?

R:そうですね。

 2002.5.30、新宿スカラ座で敢行された「或る夜の龍之介 〜戯れて歌舞伎町〜」。新宿スカラ座と言えば、1954年のOPEN以来48年の歴史を誇る、昭和のクラシカルな香りがたちこめた3階吹き抜けの独創的な空間。あれから約半年・・・ごくわずかの音楽ファンにしか体感できなかった「或る夜の龍之介」がツアーとして、11/22の神戸を皮切りにスタートした。ちょうどその神戸公演を終えたばかりの龍之介にインタビューをする機会を手に入れることができた。「或る夜の龍之介」のコンセプト、そのコンセプトを打ち立てた理由、彼が生まれて初めてライヴをしてから今日に至る話まで、大いに語ってくれた。やっぱりこの男、“本物”である。

対談

龍之介
×
Tetsuo Hiraga

4th SINGLE
「ヒトリシズカ」

1.ヒトリシズカ
2.クロワッサン〜十三病棟に火をつけろ〜

2002.4.24 in STORES
VICL35360
\1,050(tax.in)

(C) HIT VIVE&Victer Entertainment
http://www.hitvibe.co.jp/ryunosuke/

このCDを購入、
または過去の作品を知りたい方は
こちらまで


龍之介

−それはどういった経緯で一緒にやることになったんですか?

R:『ラブソング』というデビュー曲でストリングスのアレンジ、カルテットのアレンジをしてくれた阿部美緒という人がいて、その人がバイオリンを弾いてくれているんですけど、橋本歩さんという人がそのカルテットの中でチェロを弾いてくれた人ですね。僕がこの編成を思いついた時に話をしたら、是非と言うことでやってくれたんです。付き合いとしてはデビューする前からですね。パーカッションの竹本一匹さんとの出会いは、橋本歩さんと阿部美緒さんがあるアーティストのライヴのサポートをするというんで僕が観に行ったんですよ。そしたらパーカッションを叩いていた人が凄い格好良かったんですね、「良いパーカッション叩く人がいるなぁ」と思ってて。その頃はまだ【或る夜の・・・】編成なんて何も思いついていない頃ですよ。カフォーンという楽器を凄く巧みに叩く人だったんですね。40cm四方の長方形の木の箱なんですけど、真ん中にギターのサウンドホールが1つ開いていて、そこにマイクを差し込んで音を拾う楽器で真ん中を叩くとボフッっていう音がして、角を叩くとパシャッっていうスネアみたいな音がするんですよ。僕は最初そのライヴを観ている時に「何だろう?あの箱は」と思って、勝手に心の中で“不思議BOX”って名付けていたんですけど(笑)。

−不思議ボックス(笑)?

R:それで、ライヴが終わった後の打ち上げに顔を出させてもらったんですけど、その場で話しかけて「カフォーンっていう楽器なんですよ」と教えてもらって。「今度是非機会が会ったら一緒にやりたいですね」という話をしたんですよ。その時僕は彼のことを一匹さんって記憶していたんですね、それで、【或る夜の・・・】編成を思いついた時にバイオリンとチェロは橋本さんと阿部さんにお願いしようと思っていたから、パーカッションどうしようかなと思った時に、直ぐ一匹さんのことが思いついたんですよ。でも連絡先も知らなかったし・・・それで、色々なカフォーン奏者の人と出会ったんですけどどうも合わなくて。そんな時にマネージャーから電話がかかってきて、「最後に切り札で紹介された人がいて、その人は竹本さんって言うんだけど」って言われて・・・名字を覚えていなかったので、「そうか一匹さんじゃなかったのか」と思って、リハーサルスタジオで顔を見たら一匹さんだったんですよ(笑)!まさかそうやって違うところから紹介されるとは思ってなかったんで、凄い喜んだ記憶がありますけど。一緒にプレイした後に「そうなんだよ、これだよ!やっぱりな。」と思いましたね。

−何が普通の奏者と違いますか?

R:テクニックもさることながら、僕のグルーヴを見抜いて拾ってくれていた気がしたんですよ。僕は別にメトロノームが時を刻むように弾く人じゃないんで、その辺をちゃんと理解してくれているなと思いましたね。どちらかというとリズムキープして俺が引っ張って行かなきゃという人が多い中で、どうしたらこの人に溶け込むんだろう?ということを凄く考えてくれる人で、歌っている側としては歌に集中出来るというか、ありがたいですね。

−この再会がなかったら今回のツアーも違うものになっていたかもしれませんね。

R:そうですねぇ。

−この【或る夜の龍之介】の編成でやろうと思ったキッカケは何だったんですか?

R:歌を書くのに僕は場所を選ばない人なんですけど、ファミレスだったり、行き付けの居酒屋だったり。で、喫茶店とかでも書くんですよ。新宿のスカラ座には結構通って歌を書いていた時期があって。ふと気が付いてこんな所でライヴ出来たら・・・と思って、スカラ座というもの自体に惹かれていたんですよ。1954年からずっとやっているところで、歌舞伎町のど真ん中にあんなレトロな建物があって、尚かつ人に愛され続けている、何か凄いなと思って。引田テンコーみたいな名物おばちゃんがいるんですけど、その人とかも凄い良いんですよ。存在そのものに誇りを感じるんですよね、おばちゃんからも。それで、スカラ座に対する敬意、リスペクトみたいなものを持ちつつ、いつもクラシックがかかっている名曲喫茶なので「編成的にバイオリンはもう決まりだな、リズムはドラムじゃないな、パーカッションだよな」みたいな感じで思い浮かんだんですけど。

バイオリンもチェロもずっと古い歴史の中で人々に愛されてきた楽器じゃないですか、ギターとかに比べても全然歴史があるし。そんな想いからこのスカラ座公演を実現出来たことが凄く幸せな事なんですけど、色々なスタッフ達と「これをツアーに出来たら良いね」と言う話をしていて、やるんだったらスカラ座のリスペクトから始まってるわけだから「場所とかもこだわりたいよね」って言って。 それでお寺だったりとか、古いカフェだったりとか場所に凝ってみたんですけど。

−このツアーが始まる前に各会場は下見したりしたんですか?

R:実際に会場選びは任せていたんですけど、懐古趣味とは違うんですよね。自分の中でそういうものへのリスペクトというか、例えば「今の音楽ってさぁ〜」といを話をすると「どうでもいい曲が多いよね」とか言う人が多いじゃないですか、「あんなのすぐ忘れられちゃうよ」とか。僕はそれを聞いて「それはそうかも」と思うんですけど、絶対昔にだって忘れてもいいような曲ってあったと思うんですよ、たくさん。

−本当に忘れているだけっていう。

R:それを考えると昔も今もあまり変わらないと思うし、だからこそずっと残り続けているものっていうのが良いなと思ったんですよね。やはり作り手としてはそういうところを目指さないといけないなと思って。自分が今現在出来てるか、出来てないかは別にして、自分の想い、リスペクト、スタンスの提示というか。

−そういう考えが自分の中で大きくなってきたのはスカラ座でのライヴ前後?

R:常にそういうことは思っていたし、言っていたんですけど、それを具現化するための編成としては凄く良いんじゃないかなと思ったんですよ。やってみてそれは更に強くなりましたね、これはより伝わるかもしれないって。

−【或る夜の龍之介】の編成の前って言うのは、どういった感じでライヴを行っていたんですか?

R:アコースティックの弾き語りのライヴが多くて、後はバンドでエレキギターを弾いたりとか、アコースティックギターを持ってバンドで弾いたりとか。お客さんが観ていて楽しい、盛り上がったっていう点に関したらバンドにはかなわないかもしれないですが、言葉を歌を伝えるという意味では【或る夜の・・・】編成が一番ケツの座りが良い編成なんですよ。1人でやっているというのは自分の歌、自分のギターに全責任があるわけですよね、そうするとやっぱり歌を伝えたいんだけど色んな事に気を使ってしまって、張りつめた緊張状態でステージにいるわけで。やっぱりある程度人に任せる部分がないと、自分の内情みたいなものが露呈出来ずらくなりますよね、緊張してるから。人にリズムを委ねるというのは大事な要素だと思うし、だからやる意味があると思う。バンドは任しすぎてしまうというのがあるかもしれませんね、でもそのバランスが凄く今は良いですね。プレイヤーとしても、何しろ奥が深いんですよね、今の編成は。僕の言葉が入る隙間、その割合が凄くあるんですよね。バンドでやる場合は、リズムっていう1本の筋の中でいかに歌を乗せるかっていうことなんですけど、【或る夜の・・・】編成の場合は僕の歌があってそれにみんなが肉付けしてくれている、その上に乗れるというか。ケツの座りが良いってそういうことなんですよね。

−元々ライヴ自体を始めたのは何がキッカケだったんですか?

R:ラモーンズとかブルーハーツとかセックスピストルズの真似をしたくてエレキギターを掻きむしったのが、中学校の時ですね。

−それがアコースティックギターを1本持ってやろうと思ったのは何でですか?

R:自分では必然に感じているんですが、だんだんみんなやっていく内にケツの座りの良い所を選んでいくと思うんですよ。初期衝動っていうのは例えばパンクだったりしたら、本当は凄い世の中が嫌いで内気でシャイでメソメソしててっていう奴がパンクとか聴いて拳振り上げて「おぉぉぉぉ!」とか言って、本当はもやしっ子なのにマッチョがってるみたいなところがあるじゃないですか(笑)。それはずっとやってると疲れますよね、本当はそうじゃないから。それでラモーンズの『チャイニーズ・ロック』とか言う曲を共作しているジョニー・サンダースにたどりついて、聴いたらぶっ飛んで。ある時『ハート・ミー』っていうアルバムの存在を知って、そのアルバムを聴いてみたらジョニー・サンダースがアコースティックギター1本で歌っていたんですよね。パンクが好きだからって、スパンキーヘアーにして鋲付の革ジャン着て、ジーンズ捲り上げて、Dr.マーチン履いてとか・・・そんなんじゃないなと思って。ロックンロールが格好良い存在であり続けなくてはいけないっていうのがあるとしたら、パンクって格好良い所も格好悪い所もさらけ出してなんぼみたいなところがあるじゃないですか。そういう意味でその瞬間何かに気が付いたんでしょうね、それで「もういいや!」って。で、アコースティックギター持って、曲を作ってみたらケツの座りが良くて。

−ハマッたんですね。

R:「作れるじゃん」って、しかもそれまでオリジナルとか作らないでカヴァーばっかりやっていたので。自分でやっている内にストリートとかで歌うようになって、ライヴハウスとかにもちょくちょく出るようになって。

−99年の夏にアコースティックギターを1本持って全国を回ったそうですが、何ヶ所を何回位まわったんですか?

R:数え切れないくらいですね。北は旭川、南は博多まで行きました。

−基本的にはギターを担いで1人で全国を練り歩いたって感じですか?

R:そうですね。修行したかったっていうのもあったんですけど、「1人行って来い」って放り投げられたんですね(笑)。

−スタッフとかはいたんですか(笑)?

R:いた所もありましたね。

−いない所もあった(笑)?

R:いない所の方がはるかに多かったですね。

−やっぱり色々学びました?

R:色々ありましたね、その時ちょうどゆずとか19が出てきた時で、俺みたいな暗い、重い、ネガティブな感じは世の中的には全然受けなくて、今もそう言うところがあると思うんだけど。ゆずとか19とかの曲を歌っている子がいて、その周りを100人位の人が取り囲んでいて、その30メートル位隣で誰も聴いてないのに歌ってたんですよ。向こうは若い子達が集まっているんだけど、僕の所は水商売のおねえちゃんとかチンピラみたいなやつとか同じギターを持ったストリートミュージシャンとか(笑)。そういう人達が良く聴いてくれてたんですよね。でも人数で負けるというのは悔しいですよね。何で俺は自分の歌を唄ってやっていて、アイツら他人の歌唄って人が集まってんだよみたいな(笑)。悔しかったですよね。

R:関東大会から決勝に行くっていう時に10分の枠で1人2曲唄うことになっていたんですけど、僕の曲は長いから2曲で喋りも入れて15分位だったんですよ。だからそれをもう一回アレンジし直して10分以内にアレンジしてきたら、全国大会出てもいいよって言われて。でも、そのまんまやっちゃったどころか、酔っぱらって喋りすぎて30分位やってしまって。審査員もカンカンだったし、賞なんてもらえないし、優勝したら50万位もらえて、CDプレス2000枚みたいな感じだったんですけど。「別に・・・」と思ってたんですけど(笑)、そしたら審査委員の人がレコード会社の人で、声がかかって「君面白いね」っていうところから始まって、酒飲んだりしてメジャーデビューに繋がって行くんですけど。

−そこで酔っぱらってなかったら・・・っていうのはありますよね(笑)。

R:そうですよね。緊張しちゃったのと、風邪ひいてたんですよ。鼻水は出るわ、のどは痛いわで全然ダメで。風邪薬飲んでも全然効かなくて、もうダメだと思って酒飲んじゃったんですよ。風邪薬と酒なんていったら最悪じゃないですか。朦朧とした意識の中で10分のところが30分になってしまったんですね(笑)。

−普段出せない自分がそこで出せてしまったんですね(笑)。それがキッカケで2年前のデビュー、その当時の心境とかって覚えています?

R:今とあまり変わってないですね。気持ちの持ってき方というか、今までだってそうだし。

−メジャーデビューというのは漠然と目指していたの?

R:だと思うんですよね。僕バカだから小学校の時に初めてギターを手にした時から、「俺いつかデビューするから周りの人に俺が音楽やっているっていうの言わないで、言うと騒がしくなっちゃうから。俺がギターやってること誰にも言わないでだまっててね」って小学生が言ってたんですよ。

−家族とかに(笑)?

R:そうそう(笑)。バカだよね。

−その時は真剣に思っていたわけですよね。

R:思ってたんでしょうね。親とか兄弟とかにバカにされて・・・高校生位までマジで怒ってましたね。でも自分で歌を作り始めて色々ライヴとかをこなしていくいうちに、歌って人に伝えると言うことがどんなに難しいことなのかっていうのが分かり始めた頃から笑えるようになったというか。で、メジャーデビューが決まって実際みんなビックリしたみたいなんですけど、未だに実家帰るとオヤジなんかは「お前なんか売れるはずないんだからとっとやめちまえ!」とか言いますけど(笑)。

−メジャーで活動しているうちに確実にファンが増えてくるわけじゃないですか、そういうのってやっぱりたまらなく嬉しかったりします?

R:嬉しいですね。僕の曲って明るい歌をうたってみんなを楽しませていこうぜ!っていう曲ではないんで、どちらかといと“同志”というか、こっちは全部服脱いでるわけだから、それに服を脱いで応えてくれる関係なんで非常に親友的というか同志というか。“ファン”っていうのが嫌なんですよ、やっぱり“同志”ですよね。一生懸命闘っている感じがしますよね。一緒に闘っている仲間が少しづつ増えたって感じですかね。

−今回のツアーでも全国各地に「ここにも同志が、あそこに同志が」みたいな感じなんですかね。「神戸にもこんなに同志がいたんだ!」みたいな。

R:でも難しいんですよね。人の裸というのは見たいけど見てしまうと恥ずかしいみたいなのがあるじゃないですか。本当に難しいですよ、距離の取り方というか。本当は裸が見たくて来ているのに裸を見るのは恥ずかしい、自分も裸になっちゃうのも恥ずかしいっていう。だから、すごく分かりやすい形で同志を発見するのは意外と難しいですよね。

−なるほど。

R:そこで自分に出来ることは何か?と考えた時に、良い曲を作って電波に乗せるっていうことは大前提かもしれないですけど、それ以前にライヴというもので常に“一対一の関係”で“龍之介対私”と言う関係が築けたら最高だと思っているんですよね。だからライヴをみんなで楽しみに来たというのではなくて、ライヴを見終わった後に「龍之介、今日私の為だけに歌ってくれたんだ」みたいなそういうライヴをしたいし、そういう関係を築いていきたい。バーッとは広がらないかもしれないけど地道にやっていきたいですよね。

−常に一対一の関係を心がけていると言うことですね。

R:「龍之介っていうスターがこの町に来る!」じゃなくて、「龍之介が仲間に会いにきた」みたいな感じで。

−あいつ帰ってきたみたいな(笑)・

R:「あいつもダメだよなぁ(笑)」みたいなそのくらいの友達とか同志とかそう言う関係が良いですね。

−その関係はどんなに大きな会場でやるようになっても保っていきたい?

R:しみじみやってきたからだなと思うんですけど、僕はライヴに数の理論をぶち込むのは大嫌いなんですよ。ストリートで一生懸命やってたときもあったし、ライヴハウスでお客さん1人の時もあったし、そう考えると1人だろうが10000人だろうが一生懸命やるってことに対して何も変わりがない。そこでヘマしたときに迷惑をかける人達の数は多いかもしれないけど、自分が大事にしている歌に入り込んで気持ちを伝えるっていうことを・・・伝えることが何よりも大事で人数の問題じゃないですよ。枚数の問題でもないし、それはみんな思ってるんじゃないかな、みんな。しみじみやっている奴らは。

−伝えるという気持ちが芽生え出したのは、最初に曲を書いた時からそうでした?

R:そうですね。もしかしたら一番最初に曲を書いた時の方が伝えるという気持ちは強かったような気がしますね。大きな意味では今の方が強いかもしれないけど、単純に伝えたいと言う気持ちだけで言ったら高校生の時の方が強かった思います。だからストリートでやっていたんでしょう。あの頃ライヴハウスでやるっていっても、友達が100人いるわけでもないし確実に赤字じゃないですか。でもこの書いた歌を聴いてもらいたいなと思ったら、道端で歌うしかなかった、それだけなんですよね。でも今ストリートで歌うのが格好良いみたいなところがあるけど、ストリートでやっているってことはそんなに格好良い事ではないし、一番嫌いなのはストリートで苦労してやってきましたみたいな奴らが一番嫌いなんですけど、苦労じゃなくてやりたくてやり始めたんだろみたいな。確かに大変なこともあるけど、良いこともたくさんあると思っているし。

−ずっとそういうスタンスでやっている分、曲を書く時というのは自然とライヴ意識出来ている?

R:最初そうだったんですけど・・・。

−今は?

R:ギター1本と言うのは絶対的にあったわけで、パンク大好きな仲間からはそんな女々しいことしやがって!みたいなことは思われていたかもしれないけど。ギター1本でやるっていうのは自由度が広がった分、制約を気にせずに作るようになったんですね。だから曲を書いて「これはライヴで出来る曲だ」とか「これはライヴで出来ない曲だ」っていうのがあるようになりましたね。ライヴで出来ないというのは今の現状を考えて言っているだけで、いつか出来るようになるかもしれないし。ライヴで出来ないから捨てるとというのではなくて、大事にしたり。常に頭の中にはライヴのことはありますけど。

−アルバムを聴いて感じたのが、聴く前と聴いた後での龍之介のイメージが大部違ったんですよ。もう少し曲調に片寄りがあるイメージだったんですが、結構何でもありというか、昔からそう言う感じなんですか?

R:パンクが好きなくせにアコギで歌ってると言う時点で、物語ってますよね。自由にやらせてもらってますね。普通に井上陽水聴いて泣くし、普通にローリング・ストーンズ聴いて泣くし、感じるか感じないかと言う部分で生きているんでしょうね。スタイルを持たないと言うのが僕のスタンスと言うか。龍之介という存在自体のコンセプトがあるとしたら人間、龍之介であって、企画物じゃないし、自由に感じたことを表現していきたいなっていうのがあるし、分かりにくいとは思うんですが、それが素直な気持ちなんで。

−シングル『白い花』まで御一緒されたプロデューサーのPANTAさんの存在も大きい?

R:PANTAさんと音楽に対するスタンスが一緒だったからこそ、振り幅の広いアルバム(1st Album『歌留多』)が出来たと思います。PANTAさんは「この曲格好いいね、この曲やろうよ」っていう自分との波長が合ったから出来たと思うんですよね。PANTAさんがもし凄く器用に売れるか売れないかだけを計算してやったら、あのアルバムは出来なかったと思うし。PANTAさんはロックな人ですよね、ロックな人というかロックっていう概念そのものですね、存在自体が。

3rd MAXI SINGLE
「白い花」

1.白い花
2.THE DARKEST NIGHT

2001.10.3 in STORES
VICL35333
\1,050(tax.in)

1st ALBUM
「歌留多」

1.ラブソング
2.悲しみのうちに日は暮れて…
3.Cold Blood Jack
4.シベリア心中
5.夕暮れとオルゴール
6.ギターケースに閉じ込めた夢
7.Startin’ Boogie
8.振り向くなかれ
9.亡者の行進〜The Parade of Zombies〜
10.しっかりすんなよ
11.浪漫家(ロマンチスト)の月

2001.5.23 in STORES
VICL60705
\3,045(tax.in)

2nd SINGLE
「浪漫家の月」

1.浪漫家(ロマンチスト)の月
2.悲しみのうちに日は暮れて…

2001.3.23 in STORES
VICL35235
\1,050(tax.in)

1st SINGLE
「ラブソング」

1.ラブソング
2.しっかりすんなよ

2000.10.21 in STORES
VICL35200
\1,050(tax.in)

−歌詞について聴きたいんですけど、詞を書く行為と曲を書く行為を始めたのは同じ時期ですか?

R:一緒ですね。一緒なんですけど曲を書くときっていうのは、僕は詞がないと歌が作れない人なんですよ。だから最初に詞を書いて歌を付けているんですね。自分の書いた詞を何度も読み返して、降りてくるメロディを捕まえるっていうのが僕のやり方なんですよ。どっちが大事っていうんじゃないけど、詞ありきでやってるところがあると思うんですよ。

−そうなると確実に歌いたいテーマが目の前に降りてこないと作れないですね。

R:そうなんですよね。その曲のイメージで詞を書くと言うことが出来ないんですね。詞のイメージで曲を書くと言うことは出来きるんだけども。

−今後歌ってみたいテーマとかあります?

R:前向きな曲を書きたいですね。常にそれは思っていた事なんですけど、『ヒトリシズカ』が一番新しいシングルなんですけど、非常に僕的に前向きだと思っているんですけどね。『ヒトリシズカ』と言う曲は、しっかりとネガティブを受け止めた上で、ギリギリの所で見えてくる光みたいなものにしがみついて頑張って生きていこうよ!みたいなところがあるんですけど。もっとふっきれたこの世に生きる煩わしさとか、寂しさとか、貧しさ、侘びしさとかそういうのを全て忘れてしまうくらい明るい曲を書きたいですね。「かっけるっかな♪かっけるっかな♪」(歌い出す龍之介)まず書けないと思いますけど(笑)。そう言う曲が書けたとしてもニコニコしては歌わないでしょうね。

−なるほど。

R:「明日もがんばって仕事しようかな」みたいに思ってもらえるような龍之介なりの曲を書きたいですよね。『ヒトリシズカ』を書いてリスナーの声で「あの曲聴いて明日も頑張りたい」とか「もう少し生きられるよな気がします」とか言う声を聞いて凄く嬉しかったんですよね。歌うたいってこういう幸せもあるんだなと思って。共感だけじゃなくて、勇気づける事も出来るんだなということに気が付いたんですね、それはやっぱり今まで自分がやって来たことを踏まえつつ、かみ砕いて飲み込んで出てきた龍之介なりの「頑張ろうぜ!」みたいな、そういう曲が書けたら良いなと思ってるんですけど、応援歌とかそういうものではなくて。それが今後僕のやりたいことですね。

−今回のツアーでは新曲とかを披露したりしているんですか? 

R:そうですね。新曲というか未発表の曲なんですけど。神戸では2曲ですね。今後ライヴの時間枠も広くなってくるし、未発表曲に関しては増えてくると思うんですが。

−場所によって色々変わると。まだ4ヶ所控えてますけど、この場所では特別にこういことをしたいとか考えていたりします?

R:京都に行ったら是非紅葉を観たいとかね、あっライヴの話ね(笑)。

−東京公演はちょっと編成が変わるんですよね?

R:ピアノが加わるんです。基本的には気持ちの持って行き方はどこも一緒ですけど、京都はお寺でやるんですよ。さすがに土足はないだろうと言うことで靴を脱いでやるんですけど、滑らないように気を付けようかなと。お酒が飲める所に関しては飲んでいきたいし、戯れてという言葉が付いている以上、自分も戯れて楽しまないと意味がないし、そう言う意味で1ヶ所、1ヶ所ちゃんと戯れたいな。お寺でどういう風に戯れるかっていうのが・・・課題ですね。

−最後にツアーに来てくれるファン・・・ではなく、同志の皆さんにメッセージをお願いします。

R:今ここで言ってもなかなか伝わらない部分って大きいとおもうんですよ。だから僕の気持ちをですね、ライヴ会場に来て確かめて欲しいですね。伝えたいのはやっぱり音楽であり、僕の言葉なので。あと、今回のツアーに来る方って抽選じゃないですか。たまたま当たって「何か良いかもしれない」と思って来てくれる人が多いと思うんですよ、今回に関しては。とりあえずは音楽という楽しい会話で神戸だったら神戸、京都だったら京都の夜を一緒に楽しみたい。もちろん前からずっと応援してくれる人もいるから、そういう人達はライヴを観てなんぼだというのは分かってくれていると思うので、初めて来てくれる人に関しては「初めまして、音楽という言葉を通してみんなでこの夜を楽しいものにしましょう!戯れましょう!」と言った感じですね。

Interviewer:Tetsuo Hiraga

◆龍之介ワンマンライヴに5組10名様をご招待!!

 今月22日の神戸公演を皮切りにスタートする龍之介の全国ツアー「或る夜の龍之介〜戯れて五都〜」。このツアーは、彼の音楽性やライヴスタイルに合った空間を厳選しているので、他のアーティストのライヴでは味わえない素敵な雰囲気を体感できます。そんな龍之介のワンマンライヴに5組10名様をご招待!!対象になるライヴは、ツアーファイナルとなる東京公演「或る夜の龍之介〜戯れて東京・鴬谷〜」で、会場は東京キネマ倶楽部。この日のライヴのみ、他の公演とは違って、「或る夜シリーズ」ならではのバイオリン、チェロ、パーカッションという編成に、ピアノを加えた特別バージョンで演奏を楽しむことが出来ます。詳細は下記の通り。

●12/12(木) 「或る夜の龍之介 〜戯れて東京・鴬谷〜」
OPEN / 18:30 START / 19:30 (Info:ヒットバイブ 03-3400-4244)
〜会場:東京キネマ倶楽部〜

☆龍之介 5組10名様ご招待プレゼント☆

応募方法は、会場に来られる方のお名前、年齢、郵便番号、ご住所、電話番号、好きなアーティストを明記のうえ、下記のアドレスにメールするのみ!
締め切りは12月1日(日)必着。当選者の方には、メールで御連絡させていただきます。
chief@hotexpress.co.jp

<龍之介 オフィシャルサイト>
http://www.hitvibe.co.jp/ryunosuke/