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サカナクション インタビュー

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  アルバム
『シンシロ』

2009.01.21 RELEASE

[期間限定価格盤
(2009年2月末迄)]
VICL-63223 \2,100(tax in.)


 
  [通常盤(2009年3月発売)]
VICL-63224 \2,600(tax in.)


01.Ame (B)
02.ライトダンス
03.セントレイ
04.ネイティブダンサー
05.minnanouta
06.雑踏
07.黄色い車
08.enough
09.涙ディライト
10.アドベンチャー
11.human

 
   
   
   
   
サカナクション レビュー
『シンシロ』
Interviewer:平賀哲雄
Page Design:梅原直也
   
 
 
   
  『サカナクション』 SPECIAL INTERVIEW

サカナクション、hotexpress初登場の巻。

これまでも初めて会った瞬間に「あ、この人はとんでもねぇな」とニンマリしてしまったアーティストは数多くいたけど、こんなにも多くのロジックやトリックを駆使しながら音楽をやっておきながら、実はその胸にあるもんはめちゃくちゃ熱い!みたいな人は珍しい。商業音楽も芸術音楽も飲み込んでラジカルに踊って泣ける表現をしてやろうと企む男・山口一郎。その歴史&胸の内をクールな表情で(たまに笑いながら)語ってもらった。
 
−−初めましてのインタビューということで、まずニューアルバムのお話を伺う前に山口さんのミュージックライフの歴史について触れさせて頂きたいんですが、山口さんが音楽に目覚めたキッカケって何だったんですか?

山口一郎:父親が昼は喫茶店で夜はバーになる店をやっていて、近所のおじさんがそこに集まったり、友部正人さんとかがコンサートをやったりしていたんです。で、昼間も夜もレコードが流れていたんですけど、父親がヨーロッパに長く住んでいた人だったので、クラフトワークとか海外の音楽もよく流れていて。それで「なんか、音楽って凄いな」って思って。あと、フォークギターが家にあって、自然とギターも弾くようになっていきました。

−−音楽的な環境には恵まれていたんですね。

山口一郎:そうですね。あと、父親が本当に変わっている人で、僕に「本を読め」ってすごくうるさかったんですよ。で、2人で一緒に古本屋に段ボール箱を持って行って、そこにいっぱい本を詰めて、重さで本を買うんです。で、その段ボール箱いっぱいの本を1ヶ月で読めと。それで1ヶ月後に父親の段ボールに入った本と交換するんです。それを読み終わったら古本屋に売りに行って、また違う本を買うっていうのをずっと繰り返していて。そのおかげで自分で詞を書くようになって、それから曲も作るようになっていきました。

−−ちなみに段ボール箱いっぱいの本の中にはどんなものが?

山口一郎:最初は理由も分からず買って、意味も分からず読んでいたんですけど、その中で引っ掛かる作家さんの本をチョイスするようになって。それは、宮沢賢治さんとか、あと暗い人が多かったんですけど、石原吉郎さんというシベリアに抑留されていた詩人とか、寺山修司さんとか、太宰治さんとか、中原中也さんとか、そういうのをどんどん読みふけってました。あと、俳句も読んでましたね。種田山頭火さんとか。寺山修司さんの俳句は今も好きで読んでます。そういうのを読んで「うわ、すごいな」って思って。言葉で頭の中のイメージを形にしていくっていう作業は、一時期音楽をするよりも楽しかったです。

−−そこに山口一郎の詞のルーツはあると。

山口一郎:10代〜20代前半ぐらいまでの、一番感性が豊かだったと思われる時期に読んできた本の知識や経験が蓄積されて、今の自分の糧になってます。

−−音楽は喫茶店から始まり、どんなものを好んで聴いていくようになったんでしょうか?

山口一郎:父親の店で流れている音楽が昼と夜で別々だったことで雑食に鳴らざるを得なくて。固定概念が無い中で音楽を聴けていたなって、今振り返れば思います。J-POPとか歌謡曲とか、当時流行っている音楽を聴くときも他の人とは違う聴き方をしていた部分もあったと思う。歌うために聴くとかじゃなくて、音の空気を楽しむために音楽を聴くところがあったせいか、何でも聴けた。でも一時フォークには傾倒しました。ギターを憶えるために。フォークギター全集みたいなものを買ってきて、イルカさんの『なごり雪』とか、吉田拓郎さんの『結婚しようよ』とかを弾いていて。原曲もほとんど知らないし、「懐かしの・・・」みたいなテレビ番組で一回聴いたぐらいの曲を弾いて歌ってました。

−−先程、音の空気を楽しむために音楽を聴いていたと言っていましたが、アーティストの生き様や見た目も含めてファンになることはなかったの?

山口一郎:そうですね。でもなんか、音に人となりが見えてこない音楽は聴いてなかったです。上っ面と言うか、嘘くさいものに対してはすごく否定していた。本質的なものを音楽に求めていた傾向はありました。サイモン&ガーファンクルさんとか、高田渡さんとか。音楽っていうものに対する思想とか、政治力とか、姿勢を聴いていた気がしますね。ビートルズも聴いてましたけど、前期と後期ではやっぱり後期の方が好きだし。

−−そんな1人でギターを持ってフォークを歌っていた山口少年が、どのようにバンドへシフトしていくことになるんでしょうか?

山口一郎:僕が住んでいたところって北海道の小樽市ってところだったんですけど、小樽市っていうのは札幌の隣の市なんですけど、ちょっと田舎なんです。そこで黙々と1人で詞を書き続けたり、曲を作り続けたりしていて。で、北海道における札幌って本州における東京みたいなもので、みんなそこを目指すんです。僕はそういうつもりはなく漠然と札幌の高校に行ったんですけど、やっぱりそこにはバンドをやりたい奴らがたくさんいて。「ギター弾ける奴いるか?」「ベース弾ける奴いるか?」って話が学校中に飛び交っていて。で、僕はアコギしか弾けなかったし、速弾きとかには一切興味がなかったから「コードなら弾けるよ」みたいな感じで、友達とバンドを組むことになって。それでスタジオに入ったときに、自分の歌を初めて人に聴かせたんです。そしたらみんなが「すげぇ」って。僕はまさかそんな反応が得られるとは思っていなかったし、自分が作った曲にエレキギター、ベース、ドラムスって付いてアレンジするっていう発想がなかったから、素直に驚いて。で、みんな素人だったし「自分が頑張らなきゃダメだ」みたいな感じも楽しくて。そこで音楽の基礎というか、編曲っていう部分を必然的に学んでいった。

−−自らが音楽を世や人に発信していくんだという発想は、そのときに芽生えたんですか?

山口一郎:なんか、当時は自信しかなかったんです。自分が作ったものは、他人は知らないから気付かないだけで「良いって言ってくれるはずだ」っていう自信しかなくて。だから自分が良いと思ったことしかやらなかったし、聴いてもらう人に傾倒する気もなかったですし。それはみんなそうだと思うんですけどね、若いときって。そういう状態でずっとバンドを続けていく中で、レコード会社の人に出会って。そこで初めて外に発信する気持ちが芽生えた。つまりメジャー指向というか、人に聴いてもらう音楽と、自分の中に取り留めておく音楽っていうのが、僕の中でふたつ出来た瞬間でしたね。

−−その違いについて具体的に聞かせてもらえますか?

山口一郎:自分が良いと思ってる音楽が世の中のマスの音楽に今はならないと思ってるんですよ。アンダーグラウンド指向が強いんで、僕は。アートミュージックに対しての素晴らしさをずっと感じて生きていた何年間かがあったんで、そこをいつか僕はやりたいと思うけど、それを今やると、きっとこうして取材を受けることも無くなるだろうし、ミュージシャンとして生きていくことも難しくなっていく気がするんで。じゃあ、自分が伝えたい言葉とメロディをたくさんの人に伝えるためのアレンジはどんなものか?それを考えること、シーンを見て考えることが今の僕の楽しみなんです。

−−ちなみにサカナクションの、今の5人のメンバーはどのような経緯で集まっていったんでしょうか?

山口一郎:ギターの岩寺(基晴)は、高校で僕がやってたバンドのギタリストだったんですよ。で、僕が電子音をバンドに取り入れようと言い始めてから、そのバンドがおかしくなっていって。「何それ?ロックじゃない」みたいな。それで解散したんですよ。で、それから1人で打ち込みとかやって、クラブシーンに対して傾倒していって、結構面白いことをやってたんですけど、そこでもう1回、自分の言葉とメロディを、電子音を使ったロックとして音楽シーンに放り投げてみたい気持ちが甦って。そしたら岩寺が丁度バンドをやってなくて、暇そうにしていたんで(笑)一緒にやり始めたのが、サカナクション。で、ドラムの江島(啓一)は前のバンドのファンで「自分、ドラムやってるッス」って言うんで「じゃあ、来いよ」って呼んで。キーボードの岡崎(英美)は僕が働いていたレコード店の店員だったんですよ。それで「クラシックピアノ弾けます。バンドやりたい」って言うんで、呼んで。ベースの草刈(愛美)は札幌でいろんなバンドのサポートをやったりしてて。で、10代の頃から知ってて「いつか一緒にやりたいな」って思ってたら、たまたま彼女がやってるバンドが解散して。最初は岩寺以外はサポートだったんですけど、2006年夏に【RISING SUN ROCK FESTIVAL 2006 in EZO】という北海道最大の野外フェスで当時、初めて公募選出枠という「RISING★STAR」というステージに868組のバンドがエントリーする中、サカナクションの出演が決まり、そのタイミングあたりで全員正式メンバーになった。っていう流れですね。
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サカナクション
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