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今や語り草となっている両国国技館での全曲披露ライブ。サンボマスターが全身全霊で6時間を超えるライブをしている中、豪華ゲスト陣をみんな帰しちゃった犯人は!?メガマサヒデって一体どんな人!?ニューアルバム『音楽の子供はみな歌う』に込めた、一言じゃ語り尽くせない想いは!?彼らが愛を叫びまくっている理由は!?人って満たされることはないの!?ロックファンとロックなんて知らなくても刺激に餓えている全人類に捧ぐ、16093文字インタビュー!ご堪能ください。
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−−インタビュー自体は『I Love You』リリースタイミング以来ですが、その間に佐野元春さんとの対バンや両国国技館での全曲披露ライブを観させて頂いてまして。
山口隆:ありがとうございます。両国ね、YO-KING氏が歌わなかったやつ。
木内泰史:YO-KING氏が歌わなかったの!?
山口隆:なんだ?おまえ。YO-KING氏が歌わなかったの?ってなんで聞いてんだ?
木内泰史:YO-KINGさんは歌わなかったっていうか、観に来てくれたんだろ?
山口隆:歌ってなかったんだよ!
木内泰史:・・・あぁ!!
−−(笑)。
山口隆:困っちゃったぁ、今の録音されちゃって〜。
木内泰史:あ、今のは、絶対使わないでくださいよ。
山口隆:絶対使わないでくださいよ〜!
木内泰史:絶対にダメですよ!
山口隆:絶対にダメですよ。あとアレも載せちゃダメですよ、楽屋で待ってくれていた他のゲストの方々に「もう帰っていいみたいよ」って誰かが言って、みんな帰っちゃったっていう話も!
木内泰史:絶対にダメですよ!って、上島竜平が熱湯入る前に言ってるやつと同じですよ。
−−(笑)。
山口隆:あれは、YO-KING氏が「帰ってもいい」って言ったのかな?民生さんが言ったのかな?まぁ絶対あそこらへんのね、大御所が言ったんだよな。普通、待ってんのが礼儀だよなぁ。先輩に言うのも何ですけど!待ってたっていいじゃないですか。
木内泰史:後日、YO-KINGさんに「何で帰ったんですか?」って聞いたらさ、「いや、俺は最後まで電柱に掴まって「ヤダヤダ!」って言ってた」って。
(一同爆笑)
木内泰史:でも桜井さんに話聞いたら、本当はあの人が一番最初に「帰ろう」って言ったって(笑)。
山口隆:ヒドイよ、本当に。さぁ、やりましょうか、ごめんなさい(笑)。
−−はい(笑)。では、唐突ですが、サンボマスターにとって2007年、まだ少し残ってはいますが、どんな1年になりましたか?
山口隆:今みたくやれる準備をしていたというか、それはやんなくちゃいけないこと、自分たちが決着をつけなきゃいけないことがいっぱいあって。それは2006年に『僕と君の全てをロックンロールと呼べ』みたいなアルバムを出すことであったりとか、ライブで怒られながらも無茶苦茶なことばっかりやったりとか、他人が見たら「な〜んだ」って思うかもしれないことをとにかくやって。結構僕はバンド活動の中で非常に重要な一年間だったんではないかなと。
木内泰史:今までにない一年でしたよ。ソニーと契約させてもらってデビューアルバムを出して、それ以降やってきた三年間とまた違う活動をこの一年ではしてきたかなと。
山口隆:楽しかったッスよ。とにかく僕らは何をやったかと言うと、「僕らはロックバンドで無茶苦茶やるよ」「一切テレビにも出ないし」みたいなことをやったわけですよね。全部ぶっ壊して。「消費されんの嫌だ」って言って。でもロックンロールはやりたいわけで、待ってくれている皆さんがいたわけで、そっから「じゃあ、何が出来んのかな?」「やれることがあるとすれば、何だろうな」って思って、それでイチから始めた一年だったというかね。
木内泰史:イチから始めたって感じはするね、確かにね。
山口隆:でもそれがね、すっげぇ楽しかったんスよ。大体イチから始めるのって楽しんですよね。「対バンやっていただけませんか?」とかね。昔、原爆オナニーズと対バンをやらせてもらおうと思って、自分たちのテイクとか持っていたのと同じ気持ちで、また原爆オナニーズに「やらせてください」って頼んだり。そういうドキドキすることをもう一回2007年はやれて、すげぇ最高な一年だったなぁ。
木内泰史:なんか、凄い刺激的だったんですよね。意識していたわけじゃないんですけど、気が付いたら俺たち、ワンマンが結構多くて。対バンツアーをしばらくやってなかったんですよね。振り返ってみると。いつの間にかそうなってて。でも2007年にまた対バンツアーをやってみたら、対バン相手のライブを観て「うわぁ!すげぇ!」と思ったり、本当に刺激的な毎日になって。それがすごい楽しくて、精神的に良いサイクルだった。
山口隆:大変なことが毎日起こっているっていうことを、もう一回よく分からなきゃいけない、心から。そう思ったんですよ。例えば、1000人規模のライブハウスでライブをやろうと思ったら、一日でチケットが売り切れてしまうと。とんでもないことなわけですよ!こんなことは。あってはいけないぐらいの凄いことで。それが麻痺してはいけないっていうか。頭で「麻痺してはいけない」って分かってても、それは体の芯からバッチリ分からなきゃいけないことなんで。
それはね、昔、メガマサヒデくんていう友達に「今日は300ぐらいの小さいハコでやるんだ」って言ったら、怒られたことがあって。「300のどこが小さいんだ!?」って。それは気付かせてくれて本当有り難いなと思ってるんですけど、そういうことをね、イチイチ身に染みて分かろうと思った一年でもありますけどね。良かったですよ、だから。
−−今、メガマサヒデ氏の名前が出ましたが、先日、初めてメガさんにインタビューさせて頂いて。「サンボマスターは僕が育てたようなもんだ」と言ってました(笑)。
(一同爆笑)
山口隆:そっくりそのままお返ししますよ(笑)。
木内泰史:メガくんの話はしたら止まらなくから、彼の話はやめておこう。
山口隆:いや、奈良の話だけはしようよ!奈良の話だけさせて頂きますと、メガちゃんは移動手段を持っていないと。その時点でどうかと思うんだけど。
木内泰史:だから俺たちが車で。「みんなで移動してるんだから、そこに一人ぐらい増えたって大丈夫だ」って言って。
山口隆:「メガちゃん、乗っていきなよ!」と。もうその時点でちょっとビハインドなわけですよ(笑)。で、サービスエリアで「みんなで飯食おうぜ!」って言って、とんかつ食ってな。そこでみんなで喋ってて、マンガの話になって。どんな話だっけ?
近藤洋一:僕が手塚(治虫)先生の話をしたんです。手塚治虫と石森章太郎と水木しげると・・・。
山口隆:そうそうそう!手塚が凄いと。で、石森章太郎もとにかく天才だと。伝説があって、手塚治虫が雑誌を出すときにね、とにかく凄い奴の連載をいっぱい載せるんだと。で、石森章太郎を呼んだと。ただ石森章太郎のマンガがあまりにも面白すぎるために、手塚がちょっと嫉妬して辞めさせたみたいな話もあるぐらい、石森が凄いんだと。だから俺らは石森のような・・・なんたらかんたら言って、盛り上がったんだよ。
その後、奈良にライブをやりに行ったんだよな。そこには若手とかもいて。で、その子たちが自分たちのライブがどうだったか感想を聞きに来たりしてて、俺らは上も下もねぇから何にも言わなかったんだけど、メガちゃんはなんか話してたんですよ。で、何喋ってんのかな?と思ったら、「手塚がね!」って。
(一同爆笑)
木内泰史:俺たちがした話をその日の夜に自分の考えであるかの如く(笑)。
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