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−まず、大橋さんと常田さんがそれぞれの音楽に目覚めたキッカケを教えてもらえますか?

大橋(以下O):僕は元々音楽は小さい頃から好きで、小学校入ったくらいから中学校2年生までクラシックピアノをやってたんですよ。で、その中2の頃まではピアニストを目指してたんですけど、ある時、ピアノ教室の先生に「リサイタルに行って来なさい」って言われて、観に行ったんですね。そしたら、僕がちょうど練習していた曲を弾いてる人がいたんですけど、同じピアノで同じ楽譜を見て弾いてるはずなのに全く違うんですよ。その時に「あ・・・自分には無理なんだな」と思って。今思えばそれが先生からの「諦めなさい」っていう・・・(笑)。なんかそういう気もするんですけど。

常田(以下T):自分を知れって(笑)?

O:そうそう。なので、音楽への目覚めって言うと、ピアノをやり始めた時になるかもしれないですね。で、ピアノ教室を辞めた後、自分の中学の学園祭のイメージソングを作ってほしいって頼まれたんですけど、そこれで初めて作曲をしたんですよ。学校のみんなで歌う曲を。ただ、その後から高校を卒業するまでは曲もほとんど書いてなくて、初めてバンドやったのも高校卒業するくらいからで。そのバンドごと18歳で東京に出たんですけど、なんかグダグダやってましたね(笑)。スキマ(スイッチ)始まるまではもうずっとグダグダ。

−常田さんは何がキッカケで音楽にハマっていったんですか?

T:モテたい一心ですね(笑)。

−(笑)。

T:で、高2の時に文化祭でバンドやってからですね、それまで何にも。別に特にリスナーでもなく。

−別に音楽好きでもなく?

T:全然なかったですね。音楽なんて“お”の字も興味なくて、歌番組観る程度だったんですけど、友達が、(大橋)卓弥と知り合ったキッカケでもある友達が、これまたすごいピアノが上手い奴で。そいつが音楽の時間にピアノを弾いた姿が「カッコイイぞ!」「すごいなぁ!」と思って。それから、「自分もピアノやりたいなぁ」って。「これちょっとモテるかもしれない!」と思って(笑)。

−ギターとかいくより、こっちの方が珍しいみたいな(笑)。

T:あんまりないじゃないですか(笑)。それで、軽音楽部に入って、ピアノが上手いそいつとバンドをやろうって話になったんですよ。そしたら、そいつが「歌いたい」って言い出したので、「じゃあ俺、鍵盤やらせて」っていうところから始まったんですよね。17歳くらいからですかね。それまでは柔道部で音楽からも女の子からも遠かったんですけど(笑)。

−じゃあ、そこから懸命に練習して、勉強してっていう?

T:いや、その時は簡単な曲しか選ばなかったんで。本格的にやり始めたのは上京してからですね。卒業するあたりにちょっと進路で悩んでたんですよ、やりたいことがすごい多すぎちゃって。そのわりに学力的には英語が出来ないとかいう理由もあって、なんか「他は良いんだけどね」って先生に言われまして、要するに受験に失敗しちゃいまして(笑)。で、音楽に絞り込んで進んでいくことにして。

−二人とも上京した理由っていうのは音楽だったんですか?

T&O:そうですね。

−それで上京して。そこから何がキッカケで二人は出会うんですか?

O:真太君(常田真太郎)とはさっき言った共通の知り合いがいて、その人を通して学生時代から真太君の存在は知っていたんですよ。

 スキマスイッチ:大橋卓弥(Vocal,Guitar,Harmonica)、常田真太郎(Piano,Chorus,Organ,Other instruments and total sound treatment&戦略家?)のお二人が音楽に目覚めたキッカケから、3月10日リリースの最新作「奏(かなで)」に込められた想いや裏話に至るまで、スキマスイッチの今日までの歴史をたっぷり語っていただきました!昨年のメジャーデビューからジワリジワリとその音楽のファンを増やしてきている注目株である彼ら。“スキマスイッチ”を知らなかったという方は、このインタビューの模様を読んで、スキマミュージックの世界にも触れてみて下さい。きっと好きになります。それでは、『スキマスイッチ』 SPECIAL INTERVIEW(アフロ話付き)お楽しみ下さい♪

対談

スキマスイッチ
×
Tetsuo Hiraga

2nd SINGLE
奏(かなで)

1.奏 (かなで)
2.僕の話 -プロトタイプ-
3.蕾のテーマ (Instrumental)
4.奏 (かなで) (Backing Track)

2004.3.10 in STORES
AUCK-19001
\1,260(tax.in)

(C) BMG FUNHOUSE
http://www.bmgjapan.com/_artist/info.php?id=1406

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こちらまで

で、名古屋で真太君のバンドがライヴをするときに初めて見たんですけど、その時は僕がピアノを習っていた分、彼のピアノがすごいヘタクソに聞こえたんですよ。で、「すっごいヘタクソな鍵盤の人がいるなぁ」と思って(笑)。だから最初の印象はすごい悪くて。でもその時に初めて知り合って、その時はライヴ終わってからチョロッと話したんですけど、その悪い印象があったんで、絶対に「一緒に組むことはないな」って思っていたんですけど・・・。

−(笑)。

O:はい。で、僕も真太君より1年遅れて東京に出てきたときの話なんですけど、「東京の音楽学校に入りたいな」と思ってたんですよ。真太君は僕より1年先に東京の音楽学校に入っていたんですね。で、僕はそこに体験入学の様な感じで見学しに行って、なんかそういうところだけ上手く使ってというか(笑)、しかも真太君の傍に住んで。何かあったら危ないかなと思って、周りに知ってる人がいないから。

−なるほど(笑)。

O:それで、当時は僕も真太君も別々のバンドで活動していたんですけど、僕の方のバンドが上手く回らなくて解散したので、1人でやることにしたんですよ。自分で作った曲を渋谷とかの路上で歌ったり。その頃に真太君からすごいラブコールは受けていたんですよ、「一緒にやってみない?」って。でも僕は最初の印象があったんで(笑)、「いや、いいよ。1人でやるよ」って言ってたんですよ。ただ、彼が当時、レコーディングのエンジニアみたいなことをしながら生活してるって聞いていたので、その時僕が1人でやってる曲を「作品にしたいな」と思って頼んだんです。

T:アレンジもちょっとやって。

O:そうそう。僕、アレンジもレコーディングの仕方も全く分からなかったんで、頼んでみたら、真太君はその出来た作品を勝手に売り込みに行っていたんですよ、僕には内緒で(笑)。それで、その売り込みに行った先で「一緒に組めよ」って言われたらしくて、そこで「組む!」って言って帰ってきたらしいんですよ(笑)。

T:ヘヘヘッ!

−(笑)

O:で、僕は事後報告で「一緒にやることになったから」と言われて(笑)、じゃあまぁ平行して「自分の方中心に活動していけばいいかな」くらいに思ってやり始めたら、二人でやる方が面白くなっちゃって。で、1人でやる方のために書いた曲もこっちに持ってきて、こっちで2人でやった方が楽しいなって感じになっちゃって、それなら一緒にやろうと思って。で、そこからずっとダラダラ今までやってきてます(笑)。

−どうして売り込みに行こうと思ったんですか?大橋さんの曲を預かった時に。

T:ちょうど彼の曲のミックスが終わった次の日にそういう機会があったんですよ。で、当時バンド5〜6コ掛け持ちしていたんで、全部持って行って、なんか良いのあったらプレゼンして、成功したらそこでいこうって思っていたんですよね。結構当時から“お金を稼ぐ”っていうイメージで音楽やっていたんで。職業にしたかったんですよ。デビューを夢物語じゃなくて、普通の目標として。だからどこかで掴めれば、そこでそれを使ってどんどん上に行こうと思っていたんで。なんか可愛くない話ですけど(笑)。で、その出来たものがすごい納得いくものだったんで、そのMDの曲の一番最後に彼の曲を入れていたんですけど、そしたらその人がものすごい気に入っちゃって。当時深夜番組に出たぐらいのバンドも掛け持ちでやってたんですけど、「ちょっとお前ら、2人でやってみろよ」って言われたので、「あ!やります、やります」って言って(笑)。「しめしめ!」と思って。

−(笑)。

O:それで、電話が真太君から掛かってきたんですけど、なんか言い方がいやらしいんですよ。

デビュー出来るかも?みたいな話を、全く決まってもいないのに「マジで出来そうだよ!」くらいの言い方をしてきて。

T:「小林武史に聴かせてくれるかもしれない」って。

O:(笑)。

−なるほど(笑)。

O:それでやることになって。でも、結局自分一人でやってても僕は絶対デビュー出来ていないですからね。だからそれは運命と言えば運命だったのかなと思うんですけど。

T:俺、歌がすっごく歌えないんですよ。でもアレンジはすごい好きで、なんか売り込むことがすごい好きなんですよね。なのでボーカルさえいれば、さらに良い曲書ければ、申し分ないと思って、周り見渡した時に卓弥が一番良いなと思ってて。それと、「卓弥はこうすれば良いのにな」ってずっと思っていたんですよ。「こうしたらもっとイケるのに」とか。

−大橋さんに関しては、いつ頃からこの2人でやっていって「これはイケるかな」っていう感覚を持ったんですか?

O:今に至るまで全くそれは一度も思ったことないですね(笑)。

T:ハハハッ!

O:「イケるな」というか、気付いたらやってる状態で、そういう戦略的な事を考えるのは真太君がすごい好きなんで、僕はもう任せっきりなんですよ。僕が一番足りないのはもうフットワークの軽さで、ものすごいお尻が重くて、売り込むっていうのもどうしていいか分からないし、ただひたすら曲が出来たらそれを歌ってっていう感じなので、メジャーデビューが決まったときも、デビューした当日まで僕、信じてなかったんですよね。絶対に「ドッキリだよ」って言われるような。

T:もしくは「お疲れさま」。

O:そうそう(笑)。

−(笑)

O:だからその辺は全部真太君が。本当に可愛くないくらい戦略家で(笑)。

T:大好きなんですよ!流れとか自分で考えるの。

−じゃあ、これから常田さんのプロフィールは、常田真太郎(ピアノ、コーラス・・・戦略家)みたいな感じで(笑)。

T:ハハハッ!ちょっとそれ考えようかな・・・。

O:戦略担当(笑)。

−“スキマスイッチ”というユニット名っていうのは誰が考えたんですか?

O:これは2人で。僕ら、最初に名前も決めずに「音源を作ろう」と言って音源を作り出したので、出来上がった時に「名前がないね」っていう話になったんですよ。でも、2人ともバンド名に関しては、過去のバンドであまり良い思いをしていなくて、こういう風に聞かれる機会があると、言えないような、なんか照れくさい名前が多かったんで、「じゃあ語呂だけで決めよう」って話になったんですよ。それで、真太君の家で作業した後に考えてたんですけど、その家中にある物の名前を全部口に出していって、ヒモを引いて灯りを付けたり消したりする蛍光灯を見て「スイッチ」という言葉が浮かんだんですよ。で、当時の真太君の東京の家がボロボロだったんですね。立て付けも悪くて、窓とかふすまがこうキッチリ閉まらないんですよ。それを見て「隙間(スキマ)」という言葉が出てきて、「“スイッチスキマ”よりは“スキマスイッチ”なんじゃないの?」という。語呂も字面も良いし、ネットで調べてもかぶる名前はなかったので、“スキマスイッチ”に。

T:4年半くらい前に決めた名前ですね。

−“スキマスイッチ”という名前も決まって、その頃からしばらくはどんな活動を?

O:ライヴを一切やらずにひたすら曲づくり。その後、戦略家の真太君が「一番最初にライヴやるのはデカイところの方がハクが付く」という話で。それで、彼の知り合いのツテでオーディションを受けようって話になったんですよ。そのオーディションで入賞すると赤坂BLITZでライヴが出来るっていう企画だったので。それまではライヴをせずに音をずっと作っていって、「初めてのライヴをそこでやれたら良いな」という彼の考えで。それで、受けたら順調に進んで赤坂BLITZでライヴが出来ることになったんですよ。だから結局・・・どれくらいライヴやってなかったのかな?

T:1年弱ですかね。その間はずっと制作やったり、あとプロモーションしたり。卓弥に電話して「明日の午後行くから!」って。

O:「はい、はい」って言って。

T:で、二人で事務所とか回って、話を聞いてもらった後に、(卓弥が)「ところで今の誰?」とか言われて(笑)。

−(笑)

O:(僕にとっては)全く意味がわからない時間が1年半くらい続いたんですかね。

−曲作っては、どこか連れて行かれて?

O:そうです、そうです。

T:挨拶してね。

O:挨拶して。「この前、会ったでしょ?」と言われても全く覚えてないですし(笑)。

−色々営業みたいに回っていたわけですね。

T:そうですね。自分のやっていたバンドの中で知り合った人全部に声を掛けて、「実はこんなのやっているんですよ」って。その頃ちょうど河口恭吾君のサポートを僕やっていたんですよ。それで、彼のマネージャーさんにも色んな相談とかして。

−そんな1年半を経て、赤坂BLITZでやったライヴはどうでした?

O:その時のライヴはもう楽しかったってことしか覚えてないですね。

T:バックバンドいたんですよ。で、3曲あるんですけど、スタンダード1曲、カッコイイの1曲、2人で1曲って、やっぱり全部見せられるなと。バックバンドも友達のバンドにやってもらって。で、ちょっと(そのオーディションの)レベルが分からなかったので、もう自分が思う最高のものをやろうかなって、そしたら、ものすごく手応えはあって。他のバンドさんのライヴを見てそこまで良いと思うバンドもいなかったので、「良い話あるんじゃないの?」って。

−手応えがそこであったわけですね。

T:そしたら、なんか事務所の方が。

−オーガスタさんが?

T:はい。「君たち、良いね!」と言ってくれたんで。そこから半年後くらいにやっと「じゃあ一緒にやろうか」という話になって。またそこからが長かったですね。

−そこから今度ライヴが結構多くなったりとか?

T:そうっすね。あと制作のレベルもやっぱり核になるんですけどね。求められるものは全然違うものなので、やっぱりオフィス・オーガスタっていう事務所に入った以上は、それ相応のレベルじゃないと。やっぱり一番キツかったのは、リリースがなかなかできなかったことですね。

−そのオーガスタさんと出会って、曲をいっぱい作って、デビューまでっていうのはどれくらいの期間があったんですか?

T:大体2年くらいでしたね。曲作ってもダメだし、それこそ勝手にアレンジして完パケの状態まで作って持っていったこともあるんですよ。これくらいやればリリースできるだろうと思って。でもやっぱりダメで。「あぁ良いね、このデモ」と言われて、「デモ!?」と思って(笑)。そういうレベルで。今思えばメジャーを睨んで、ずっとスキルを上げていったんだろうなと。まぁライヴもダメだったんで。

−でも、2002年の夏には千葉マリンスタジアムに立っているんですよね?

O:そうですね。

T:そうです!実はそうなんです(笑)。

−サブステージとは言え、こんな早い段階でスタジアムに立つとは思わないですよね?

O:そうですね。異常な空間だったね、あれは。

T:「3万人いるわ!」みたいな感じで(笑)。

−どんな気持ちでした?あそこのステージに立って演奏するっていうのは?

T:大橋君はどうか知りませんけど(笑)。

O:僕はもう真っ白っていうか、その緊張することすら忘れているような状態で。

−リアリティがなかったというか?

O:リアリティはなかったですね。覚えてないですもん、だって。

−その時間を?

O:覚えてないですね。歌詞を間違えたらしいんですけど。

T:間違えたんじゃなくて飛ばしたんだよ(笑)。

O:2番を丸々飛ばしたらしいんですけど、それすら覚えてなくて。僕はバックバンドが間違えたと思ってたらしくて。それくらい真っ白になっていましたね。

T:でも、逆にやった後で思うんですけど、20〜30人の前でやる方が緊張しますね。

−3万人とかいると一人一人が見えるわけでもないですしね。

T:そうそう。「あ・・・意外に俺、緊張してねぇや」。「普通だ」と思って。

−でも、隣見たら真っ白になっている人が(笑)。

T:そう(笑)。目がおかしいんですよ。

O:目がおかしい(笑)。

T:「こっち見てねぇ」とか。

−非常に貴重な経験をしつつ。あと、オーガスタさんっていうのは、個性的なアーティストがいっぱいいて、皆さん仲の良いイメージがあったりしますけど、仲良くしてもらってる方とかいます?

T:全員ですね。

O:すごく良くしてもらってますね、先輩方に。

T:若い奴ら同士は、みんな年齢近いので、普通に仲良いですし。サンプリングサンは昔から知っていたんですよ、オーガスタ入る前から知っていたんで。今でも普通に「家、泊めて」とか(笑)。それに、山さんとかスガさんとかは、時には先輩、時にはお兄さんみたいな、そんな風に接してくれて。

−じゃあ良いところ入ったなみたいな?

T:そうですね。特に卓弥は他の事務所を知らないので、これが当たり前だと思ってるんで。俺はまぁちょこちょこ出入りしていたっていうのがあるんですけど。卓弥は「みんなこうじゃないんだね」と言ってて。

O:すごく良いところに入れたかなと。最近になって実感してます。

T:ハハハッ!やっぱりやり易いっすね、色々と。だからこっちがちゃんとやってれば応えてくれるんで。例えば下手にデカイところ入っても・・・っていうのがありますし。

−そうですね。話が通らないとかね。

T:やっぱりすごい良い規模でやっているので、全員に目が届いて。良いなと思いますね。

−そんなオーガスタさんと出会って、色々曲作って、なかなか受け入れてもらえない日々が続いて、やっと2003年の7月に「view」でメジャーデビューしたわけですけど、当然メジャーデビューっていうのは常田さんの中ではもう遥か昔から戦略の中ではあったんですよね?

T:戦略的にはちょっと遅いくらいですね。ちょっと時間掛かっちゃったなっていうのがありましたけどね。

−どうでした?デビューが決まった時っていうのはどんな気持ちでした?

T:「決まった」はないんですよ、実感が。

O:そう!そうだよね。

T:「決まったよ、俺たち!!」というのが全くなくて、「今このレコーディングってひょっとして・・・デビューシングルかな?」とか思いながらやってて(笑)。

O:本当そういうような、よく分からない感じで。

T:確認するのもなんか違うしなって。で、実際いつ出るとか聞いていなくて、気付いたらデビューしていた感覚というか。

O:そうだよね。当日見に行きましたもん、(お店に)本当に並んでいるのか。

T:ハハハッ!

O:で、並んでて、「あ!本当なんだな」と思って(笑)。そこで初めて確信したというか。

T:でも、やっぱりそれこそ可愛くないですけど、デビューしたから良いってわけでもないので、本当にもっと早くちゃんと色々やらなきゃなっていう。これからはやっぱり“メジャー”がつきまといますからね。まだやっぱり自分の中では、すごいレベルが低いと思っているんで。まだまだですよ。

−デビュー曲に「view」を選んだ決め手っていうのは何だったんですか?

O:これは「やっぱり最初はアップテンポの曲でいきたいね」というのがあって。アップテンポの曲って僕ら、極端に少ないんですよ。普通に思うままに作ると、結局ミディアムからスローのテンポの曲が多くて、そういうのは好きみたいなんですけど。でも、その時「アップテンポいきたいな」ってなって、数少ないアップテンポの曲の中から「view」を構築していって。

T:「「view」でいこうか」っていう、ほぼ満場一致で決まったんだよね。

−その「view」でデビューして、それからはラジオとかテレビとか、それこそこういうインタビューだったりとか、音楽活動以外の仕事も色々増えると思うんですけど、その辺はだいぶ慣れましたか?

O:だいぶ慣れましたね。

T:大橋君が面白い。

O:そう。あんまり覚えてないことが多くて。「この人誰だっけ?」とか。

−(笑)

T:初めの頃はすごく「大丈夫?おい!」という感じで(笑)。

O:初めの頃は本当に一気に色んな人と会うんで、顔はすごく覚えてるんですけど、名前が一致しない人とか。

T:「誰?誰?どこで会ったの!?」とか言ってましたよ(笑)。

O:最近は慣れましたけどね、だいぶ。

T:でも、根本的には好きなんですよ。こうやって話したりするのは。

O:そうですね。

−初めてテレビに出た時とかってどうでした?結構緊張しました?

O:あぁ・・・でもテレビより僕はライヴの方が緊張しますね。テレビ番組を録ってる空間って、テレビに出てる雰囲気が全くないというか。それもまた問題なのかもしれないですけど(笑)。あのスタジオの雰囲気よりもやっぱりライヴ会場の雰囲気の方が緊張しますね。でも、その観た側の反応としては、例えば親にしてもちょっと信じられないような感じはありましたけど。「本当に出てるんだな。本当にまだ音楽やってたんだな」って(笑)。

−ラジオはどうですか?

O:ラジオは基本的に僕らは好きですね。やっぱり喋ったりするのって好きみたいで。

T:いつも「喋りが長い」と言って怒られるんですよ(笑)。

O:そう、喋り過ぎちゃってね。

T:「15分だって言ったのに!」って、マネージャーすごく怒ってますけどね(笑)。こっちをなんか睨んで。「早く!早く!」とか言って。

−(笑)。少し話がズレますけど、某音楽雑誌で“アフロ推進委員会”と書かれた、常田さんとPeiさん(Vo Vo TauのBass)が肩を組んでる写真を見ました。あれは一体・・・?

T:「ちょいコーナーでやってくれ」って言われたんですよ。それで、「ネタとして活かせるのはコレ(アフロヘアー)だな」と思って(笑)。ちょうどその時に“スクービードゥー”のMOBYさんと喋っていて。「この2ショットは使おう」と。それで、全6回って言われていたので、アフロヘアーの人をずらーっと並べて。

−あれは会いに行ってるんですか?

T:行ってます、全部行ってますよ。この間も撮ったんですけど、わざわざ事務所の応接間を用意していただいて、すっごい恐縮して(笑)。写真撮るだけなのにね。

−「じゃあ撮ります」みたいな。

T:そう(笑)。

−それはアフロの二人が揃った写真を撮るためだけに会う初対面の人とかいるわけですよね?

T:そうです。ほとんどそうですね(笑)。

−(笑)。それでやっぱり仲良くなったりしたっていうのは?

T:電話番号交換したりとか(笑)。最後は全員で集まりたいですね。

−なるほど。それだけでバンド組めちゃいますね。それぞれ色んな事やってるから。

T:Peiさんのおかげでやっとベースが出てきたんで(笑)。鍵盤2人で、ドラムも2人いて・・・ボーカルは誰だろう?やっぱりパパイヤ(鈴木)さんかな(笑)?

−常田さんはいつ頃からアフロになったんですか?

T:もう5年くらい経ちましたね、アフロっぽくなってから。やっぱり当時は「覚えられたいな」って思って、本当にPRの一環でやったんですよ。もう飽きちゃって、変えたいんですけど、もうちょっと続けます。

−推進しちゃってますしね。

T:そうですね。「今年は切る」って言ってるんですけどね(笑)。どうやら話が色々回っているらしくて、たまに友達から電話があって、「今年切るって?」みたいなメール来たり(笑)。

−そんなアフロ頭も魅力のひとつのスキマスイッチですが(笑)、2004年第1弾となる待望のニューシングル「奏(かなで)」が3月10日にリリース。この「奏(かなで)」という曲はどんな流れで作られていった曲なんですか?

O:この曲は「君の話」のレコーディング中に、僕が昔書いた詞が出てきたんで、そのスタジオに置いてあるピアノでポロポロ弾きながらメロディを作って、そうしたら良いものが出来たんですよ。でも、そのまま「君の話」のレコーディングが終わってからずっとほったらかしで。しばらくして、「次のシングルどうしようか?」ってなった時に「こういうのあるんです」って出したら詞がダメで。メロディは良いんだけど。まぁ「メロディもちょっと複雑だから、もうちょっと簡単にしよう」って少し変えたんですけども、詞は全くゼロからやり直しで。で、今になってその詞を書き直してみたら、Aメロが2行しかないから大変だったんですよ。そのメロディの中に情景だったりとか、その2人の関係性だったりとか、そういうのを入れるのがすごく難しくて。それで、今回のレコーディングは、元々のスタイルであった、真太君が音の方に専念して、僕は詞の方に専念する作り方にして。スタジオに入っても、真太君はスタジオにいるんですけど、僕は別室で詞を書いているという。

−「奏(かなで)」はどんなイメージを浮かべながら作っていった曲なんですか?

O:いわゆる青春時代に聴いていた音楽ってやっぱり残っていて、その曲を聴くとその頃を思い出したりするじゃないですか。「なんかこの匂いって懐かしい匂いだな」とか、「なんかこの雰囲気あの頃を思い出すな」というのがあるんですけど、音楽ってそれを一番鮮明に思い出せるというか。

T:ピンポイント。

O:うん。例えばその匂いだと“その頃”って感じなんですけど、その曲だと“その時間”を思い出すんですよね。そういう曲を目指して詞も曲も二人で作り上げていった感じですね。

T:詞の中の主人公が作った曲でもあるんですよ、テーマ的には。その詞の内容と現実がシンクロできる曲ですね。非常に素晴らしい。

−「奏(かなで)」っていうタイトルにしようと思ったのは?

O:これはですね、タイトルを決めるのにもすごい時間が掛かって、結局タイトル決めないといけない10分前まで決まっていなくて。

T:迷いましたね。

O:「もうマズイ!」っていう状態までずっと引っ張っていて。候補は本当にいっぱい出ていたんですね、50個くらい出ていて。でもどれもピンと来てなくて、「これでいこうか」っていう仮タイトルは出ていたんですけど、やっぱりちょっともう一回考えたいっていうことで。そのタイトル決めで2人で相談し合ったりとか、スタッフのみんなで相談した時にも、なんかこう曲に出てくるその女の子の名前を連想できたりとか、今回の曲って歌っているその主人公、曲の中の主人公も歌を歌っているという設定なので、その主人公が歌ってる曲のタイトルを連想できたりとか、そういう「色々連想できる名前だといいね」って話はしていて。それで、その話が出た時に、僕は最初この“奏(かなで)”って名前がふと思い浮かんでいたんですけど、すごく出したくなくて。僕が温めていた名前だったんですよね。将来子どもが出来たら、男の子でも女の子でもその名前にしたいなってずっと考えていて。なので、その名前をタイトルに付けちゃって、もし売れなかったら、それを子どもに付けるわけにもいかないし・・・って悩むくらい大事にしていて(笑)。でも、結局10分前まで決まらなくて、僕がポロッてそれを出したら、みんなが「あ!それいいね」ってなっちゃって、結局その名前で決まりました。

−予想以上に良いリアクションがあったわけですね(笑)。

T:全員卓弥の方見ましたね、「おー!出たっ!」「いいね!」って。

−なるほど(笑)。でも、どうするんですか?子どもが生まれたら?

O:「どうしようかなー」と思っているんですけどね。

−売れ具合?

T:ハハハッ!

O:カッコ悪いなー!それもなんか微妙ですよね(笑)。付けるつもりではいますけど・・・なんかちょっと考えないとなって感じっすね。

T:絶対みんなに聞かれるよ、「子ども出来た」って言ったら「名前は?」って。

O:そうだね。

T:むしろ違う名前でも「奏(かなで)」って呼ばれるから。

O:ハハハッ!

−(笑)。この「奏(かなで)」ていう曲、さっきミディアムやスローの曲が多いって言ってましたけど、その数ある曲の中でこの曲をシングルに押したいなと思ったのは、何が一番大きかったんですか?

O:もう1曲のバラードと「どっちにしようかな」って、2曲で最後まで悩んでいたんですけど、やっぱりこっちの曲の方がよりスタンダードだったというか。普遍的で人の心に残すにはスタンダードな曲が良いんじゃないかという。

T:あと、卓弥が書いた曲という感じがすごくあるんで。卓弥が歌うたいで、自分がアレンジャーという、そういう感じの位置に戻れるなという感があったんですよ。やっぱりすごく神経を注いで作り込むためには、今はそれが一番良いかなって思って。

−良い曲ですよね。やっぱり完成した時はある程度手応えみたいなものってありました?

O:そうですね。今回の詞はすごく悩んで産みの苦しみは味わいましたけど、アレンジが出来たのを聴いても「そうそう!これ、これ」っていう感じで。歌入れした時も「あぁこういう感じだ」っていう手応えがやっぱりありましたね。

T:付加要素というか、例えばジャケットに関しても、PVに関しても、エンジニアリングに関しても、全部に納得いってるというか。やっぱり以前は分からなかったんで。何をどうしたらいいのかって。それを経た上でやっているので、納得度はすごくあります。あの時はやっぱり出来たことが嬉しかったんですけど。

−ジャケット写真も渋い感じになってますよね。味があるっていうか。

T:笑いなし!っていう。

−(笑)。

T:「どっかに笑いあるんじゃねぇの!?」って探しちゃうくらい笑いはないので(笑)。

O:そう。だからPVも真太君のこの頭だけでちょっとおちゃらけモードになっちゃうんで、帽子をかぶってPV撮ったりとかしていましたね。

−でも、あのジャケット写真はアフロ頭のふざけた空気が全く流れないですよね。

T:すごいと思いましたね。

−むしろちょっとアーティスティックな匂いも感じさせるみたいな。PVはどういう感じの内容になっているんですか?

O:今回はもう“カッコイイ”っていうのがテーマで、それまではちょっと面白いショート・ムービー的な感じで、PVはPVで楽しめるのがいいと2人とも思っていたんですけど、今回はそのふざけたところを抜いて、本当にカッコイイ1本で、キレイな映像を撮りたいと、監督さんに頼んで、そういうキレイな映像を撮るのがすごく上手な監督さんだったので。

T:特に狙ったわけじゃないんですけど、ジャケットとPVと楽曲の世界観が統一されて。そういう意味ではやっぱり楽曲がちゃんとしていたのかなと思いました。

−そこに引き寄せられて作っていくっていう。

T:はい、色がすごく似ていたりとか。ちょっと懐かしい、ノスタルジーな感じを醸していたり。

−あと、この作品の2曲目に収録されている「僕の話 -プロトタイプ-」。これは何で“プロトタイプ”なんですか?

T:デモだからです。昔作った自主制作の曲で、音はちょっと変えているんですけど、当時のアレンジのままでやっているんで。そういう意味で“プロトタイプ”。で、後々違う形で、今の俺たちがやったらどうなるかっていうのも「やろうかな?」と思ってるんですよ。そういうのを醸しつつ。あと「君の話」っていう曲も出てるので、「ちょっと面白いんじゃないか」っていう、「どんな曲なんだろうな?」と思うような。そういった話題性も盛り込みつつという感じで。

−元々はいつ頃作った曲なんですか?

O:3年くらい前の曲で、ライヴでは定番でよくやってる曲なんですけども。僕の中では、出来た当時っていうのは僕なりのポール・マッカートニーだったんですよ。それがアレンジが変わってきたら、もうまるでスキマスイッチの曲に変わってて(笑)。

T:跳ねてなかったんですよね。

O:そうそう。「君の話」のちょっと後にできた曲なので、アンサーソングっていうつもりで作ったわけじゃないんですけどね、そういう雰囲気は出てる気もしますね。

T:すごく自分のことに管を巻いてボソボソ喋っている感じなんで、まぁ「「僕の話」というタイトルが合うんじゃないの?」って。別に繋がってはいないんですけど。

−あの曲の失恋した後の“からっぽ感”というのがすごく良く出まくってる感じがね(笑)。ボーッとしてるというか、「何もなくなったな・・・」みたいな感じがすごく出てる。

T:悲しい感じですね。

−そういう空気っていうのはある程度意識して作ったんですか?

O:それは多分アレンジの時にそうじゃないですかね。僕の時はもっとカッコイイつもりで作ったんですけど。あんなにバカっぽく仕上がってくるとは(笑)。

T:ハハハッ!

−情けないような感じになってるという。

T:そうですね。あのテッテテ〜テ〜♪というところ(イントロ部分)に、「小さい“ツ”を入れて」とかやっているうちにだんだんカワイイ曲になってきて。でも内容はシリアスなんで良いかなと、バランス取れるし。

−続いて、「蕾のテーマ」。GONTITI的な優しいインスト曲ですね。

O:そうですね。

T:完全に意識していますからね(笑)!

−これはインスト曲を作ろうとして作った曲なんですか?

T:うん。元々俺が持っていたんですけど、Aメロだけは。で、何曲かあって「インストにしようか」ってなったんですよ、カップリングを。本当はカバーだったり、バージョン違いとか色々あったんですけど、やっぱり「インストやりたいね」ってなって。卓弥は昔からずっと聞いてたんで、そういう曲を。で、なんか転機になるんじゃないかと。卓弥も今までギターでメロディ弾いたことなかったんで、それがキッカケにあれば、ギターソロみたいなこと出来るんじゃないかっていう話になったんで。で、やり始めたんですけど、ちょっと展開が足りないんで、「じゃあBメロ作ろうか」って言って、「じゃあBメロは卓弥が作ろう」ってなって、初めての完全共作というか、レノン/マッカートニー調みたいな、実は初めてなんですよ。

−これはどんな情景というか世界観をイメージして作っていったんですか?

O:これは真太君が持ってきたAメロの触りの部分が、ちょうど春の感じで。卒業シーズンにピッタリの感じだったんで、もうそのまま突き進んで、春らしい曲に仕上がったなと思いますけどね。

T:インスト初めてなんですけど、すごく良かったですね。メロディラインにしても。

−今後もこういうインストの曲はちょこちょこ作っていきたいと?

T:やりたいっすね。

O:やりたいなと。

T:それなりの腕が必要ですけどね。まだまだ!ちょっと時間掛かっちゃったんで。

−でも、これで新しい一面というか、こういうのもスキマスイッチにあるんだよっていうのが見えて、良いですよね。ライヴでもね、どこかの間にこう挟んでもらったりとか。

T:え!?やりますか!

−(笑)

O:やりたいんですけどね。

T:でも、卓弥のギターでメロディ弾けたってすごく嬉しかった。このまま幅が広がっていくんじゃないかと思いましたね。

−この作品のリリース後っていうのは、今作引っ提げたライヴもいくつか決まってるんですか?

T:オムニバスのイベントにいくつか参加します。あとハガキ送ってくれた方たちを招待した無料ライヴとかやりますね。今回はそんなに数は多くないですね、次の制作にもう入ってしまうので。それが終わったら希望ですけどワンマンやりたいですね。長い時間やってみたいです。アルバムをまだ作っていないので、出したいなというのがあって。今作ってますけど。

−その制作に入ってて?

T:はい。そのアルバムが出来たらワンマンライヴやツアーはやりたいですね。

−どんな感じのアルバムになりそうですか?

T:そうですね、とりあえず今出来ること全部突っ込んで。いつ出るとかはまだ決まってないんですけど、その時の空気感を大事に作りたいなと。指定するところだけキッチリ指定して、自由なところは全部自由にしてアルバムが出来ると良いなと。

−期待しています。それでは、最後に読者の皆さんにメッセージをお願いします。

O:“スキマスイッチ”っていう名前もまだ浸透していない部分もいっぱいあるので、聴いてもらうことがとりあえず今は必要だなというのがあって、聴いてもらってそこから色んな事言ってもらえるのはやっぱり嬉しいんですけど、知られないまま終わりたくないなというのがあって。だから色んなところで上手くみんなに届けることが出来て、その評価は別としてみんなに聴いてもらうことが出来たらいいなと思って、頑張っていきたいと思います。

T:頭(アフロ)だけに話題が集中していますが、切った後もやっていけるように下地を作っておかないと思ってますけどね(笑)。今はとりあえずやるだけですね。

Interviewer:平賀哲雄