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鈴木亜美 インタビュー

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  シングル
『ONE』

2008.07.02 RELEASE

[ CD+DVD ]
AVCD-31435/B \1,890(tax in)


01.ONE
02.A token of love
03.ONE(Instrumental)
04.A token of love(FM88 mix)
 
  [ CD ]
AVCD-31436 \1,050(tax in)



 
   
   
   
   
Interviewer:平賀哲雄
Page Design:杉岡祐樹
   
 
 
   
   「今作『ONE』を聴いたら、10年前の鈴木あみは何を思うだろう?」そんな素朴なクエスチョンから、今回のインタビューでは彼女にその10年間の歴史、そしてそのときどきにあった想いをガッツリと語ってもらいました。小室哲哉プロデュース時代〜中田ヤスタカとの出会い、そしてその道のりの中で彼女がその胸に抱いた大きな野望とは!?表現者・鈴木亜美の本音と本気、ご堪能あれ。
 
−−まずは鈴木亜美“10th ANNIVERSARY”ということで、10周年トークを。どうですか?10周年を迎える気分は。

鈴木亜美:全く10年経ったっていう感じがしないですね。いろんな音楽もやってきたし、いろんなお仕事もしてきてたし、そういう意味ではすごく濃かったんだけど、楽しく過ごすことができたからあっと言う間で。今やっと自分でこれからいろんなことをやっていこうというか、自分で選んで・・・それは前から言ってると思うんだけど(笑)、自分で好きなことをもっともっとやっていこうっていう欲が出てきてます。

−−せっかくの機会なので、鈴木亜美の歴史を少し振り返ったりもしたいんですが、今から10年前、デビュー当時の心境とかって憶えてますか?


鈴木亜美:突然知らないところからポンと出てきたわけじゃなくて、デビュー前から「ASAYAN」っていう番組が私を追い掛けてくれて、それを見ててくれた人がたくさんいたので、みんなに見守られながら安心してデビューできるっていう心境でしたね。あとは、同じように夢を持ってオーディションを受けて落ちてしまった人たちのことも考えました。私はその人たちの代表としてデビューするんだから、その人たちに恥ずかしくないようにこれから先頑張って、何があっても挫けずにやっていこうって。だからデビューしたばかりの頃は、緊張してたり、結構テンパってても、それを見せないようにしてました(笑)。1歩1歩じゃなくていきなり100歩をダッシュで走ることになっても「分かった」「出来るよ」って走ってた感じ。それが出来ないと付いていけないと思っていたので。

−−自らスパルタモードに?

鈴木亜美:もうスポーツと一緒だなって思いました。私が入ってた陸上部とほとんど変わらない。スタートしたからには、ペースを乱さないで、後ろを振り向かないで、自分の呼吸と心拍数をちゃんと感じながら走り続けなければいけない。だからデビューして「やっと陸上から離れられる!」と思ってたら、仕事場でも変わらなかったっていう(笑)。でも逆に言えば、陸上で根性を鍛えておいて良かったなって。

−−で、これは僕の印象なんですが、鈴木亜美って今の方がセルフプロデュース力はもちろんあるんだけど、当時も、小室さんが全面的に指揮していたイメージは強いですけど、結構自己主張してましたよね?

鈴木亜美:アハハ!そうですね。なんか「言いなりにはなりたくないな」って思っていて。もちろんスケジュール的なことは分かんないし、この世界のことも全然分からなかったけど、私はすごく悔しい想いをしてオーディションを落ちた人がいるっていうのを分かっていたわけだから、その人たちに恥じないためにも「自分の言いたいこと、やりたいことはしっかり芯に持っていよう」という想いがありました。そういう意味では、もう当時から責任感はあったので、ただ「はい、分かりました」の娘ではいたくないなって。レコーディングで歌えないから泣いちゃうとか、絶対そういうことだけはしたくないって思ってたし、泣くんだったら1人で隠れて泣くとか、とにかく弱みを人に見せないで。そういうところだけは異様に強気で、負けず嫌いでした(笑)。

−−例えば、ジャケット写真だったりプロモーションビデオだったりの表情とか動き、あれって当時の呼び名で言えば“あみーゴ”オリジナルだったと思うんですけど、自分ではどう思います?

鈴木亜美:なんかね、そういう仕事はすごく好きだった。写真だとか。ラジオとかインタビューで話をするのは苦手だったんですけど、メイクをしてもらって、衣装がたくさん着られて、写真を撮ってもらって、それが出来上がってたくさんの人に見てもらえるっていうのは、夢でもあったから。仮に音楽を聴かない人でも普通に鈴木亜美っていう娘に興味を持ってもらえるキッカケにもなると思ってたし。なんか、結構私の中では「音楽だけに専念しないと!」っていう気持ちではなかったから、そういう撮影のお仕事とかはちょっと気を楽にさせてくれる場だったかな。

−−そうした場もありつつ、やっぱり今とは違う意味で、いろんな面で戦っていた感覚はありましたか?

鈴木亜美:当時はリリースのスピードも凄かったし、気付いたらアルバムのレコーディングに入ってる!みたいな。スタジオに入るまでレコーディングする曲を知らないし、詞も出来てないし、そんなとんでもないスピードに何とか追い付くっていう戦いだったかな、当時は。で、ライブがもうすぐ目の前に迫っていて、最近レコーディングしたばかりなのに「歌詞憶えなきゃ!」「でも学校のテストもある!」とか(笑)。そうやっていろんなものが重なってて、考えるよりもクリアーしていくことの方が大事だった。でも、今の私からしたら、逆にあの時期は考える時間を与えなくて正解だったなって。やっぱり子供だから何も分からないし、だったらもうどんどん宿題を与えてしまって、そのことだけを考えさせる。あの頃の私の性格を考えるとそれが良かったのかなって(笑)。

それに対して今は、しっかりとみんなに受け入れてもらえるものをどうやって形に残すか?その戦い。何をやるにしても1番に私の気持ちがないとダメなんだけど、みんなの気持ちが分かってしまっているからそれを壊したくない。そういったところでの戦いがありますね。やっぱりすごくファンは大事だから。その中でちゃんと私が納得いく答えを出せるような作品を作れるかっていう。いい加減な気持ちで作ってたらみんなに申し訳ないし、失礼なんで。なので、何も見えなくなるとすごく困ります。何も興味持てることがないってなると、何も誠実に伝えられないので。“join”プロジェクトが始まったのはそれがキッカケだったんですけどね。でも今はそうした「どうしよう?」っていう気持ちも出せちゃうし、ファンにも伝えられるから、今が1番状況的には良い状況。

−−今の鈴木亜美はヴィジョンがすごく明確じゃないですか。その上で面白いことをどんどんやっていってる。で、思うのが、あの頃の“鈴木あみ”は一体何を目指していたのかなって?

鈴木亜美:何だったんだろうなぁ?とにかくいろんなことをやっていて、毎日毎日違うことをやっていて、音楽だけに集中できる状況はなかったですからね。アイドル誌のお仕事やCMのお仕事もたくさんありましたし。それを必死にこなしていた。で、そのときに何を思っていたかと言ったら「音楽がやりたい」でしたね。もっと音楽に集中したいと、最終的には思ってました。あとやっぱりプロデュースしてもらう形だと、あたりまえですけど、100%の私の気持ちは出せない。それに対する寂しさもありましたね。なので当時も少しだけですけど作詞にも参加させてもらったり、少しずつ願望を叶えていって。けれど、あの時代は、結局、丸々私が詞を手掛けたシングルって存在しないんですよ。だから本当にそういうところ。大きなヴィジョンっていうよりも「私のメッセージをみんなに届けたい」ということが1番でした。「それが音楽で出来たらどんなに幸せだろうなぁ」って思ってました。

−−今はそれを実現していって、それどころか、あの頃に想像していた以上のことができていってると思うんですけど、そんな今の“鈴木亜美”が当時の“鈴木あみ”に何か言ってあげられるとしたら、何て言いたいですか?

鈴木亜美:「そのまま進めばいいよ」かな!あと「とにかく何よりも私のことをちゃんと見ててくれるのはファンだよ」って伝えたい。どんな想いがあったとしても、それだけは忘れちゃいけないって。

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