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−まずはより子さんが音楽に目覚めたキッカケを教えて下さい。

より子(以下Y):生まれて間もなく親からディズニーミュージックを聴かされていたのと、当時みんなファミコンの『スーパーマリオブラザーズ』をやっていたんですけど、そこで流れていたゲームミュージックがキッカケです。で、一番最初に弾いた楽器が鍵盤楽器だったので、そのままピアノを憶えていって、気が付いたら曲を作っていた・・・って感じ。本当に気が付いたらやっていたっていう感じですね。

−幼少期にどんな音でも耳コピーできるようになっていたそうですね?

Y:自然とやってましたね。小学校がすぐ近くにあって、「キ〜ンコ〜ンカ〜ンコーン」って鳴る音が聞こえてくるんですよ。それを小さい時に、1音しか出ない小さいおもちゃのピアノを買ってもらって弾いて遊んでる時に、それを耳コピーしたらしく、うちのお母さんが「あら!この子は」っていう感じで(笑)。で、それからおばあちゃんに童謡とかを歌ってもらって、その童謡を覚えて弾いて、おばあちゃんを泣かすみたいな。

−天性のものだったんですね。訓練したわけではなく。

Y:そうですね、自然と。音が大好きだったっていう。とにかく音にだけ興味があったから、学校の授業とかには興味がなく(笑)。普通の遊びもしてたんですけど、やっぱり何に一番興味が行くかって言ったら、音。だからもう楽器屋さんとかに行くと出て来れない。

−ずっとそこに居る感じになっちゃうんだ。

Y:「出たくない!」って。今でもそうなんですけどね。今はさらに機械とかパソコンとか売ってるお店に行くと出られない。

−そこで何してるんですか?片っ端から見て?

Y:片っ端から見て、片っ端から触ってみて、自分が一番「良いなぁ」と思う物を見つけるんですよ。

−何時間もいたりするの?

Y:余裕で!「あの人まだ居るわ」みたいな勢いで(笑)。機械と音楽が大好き。

−あと、幼い頃からモノ作りにはすごい意欲を燃やしていたみたいですが。

Y:私が騒いでる時に紙とペンを与えれば死んだように静かになるんですよ。例えば、粘土とかを与えると黙々と「止めなさい」と言われるまでずーっと粘土で何か作ってるんですよ。ピアノがそこにあれば、ピアノでずーっと曲を弾いてて。さらに発達してプレイステージョンで音楽を作るソフトとかが出ると、学校にも行かずに曲を作ってたり。もう作らざるを得ない感じになってしまうんですよ。

−なるほど。その創作意欲はゲーム制作にも向けられていたみたいですね?

Y:自分の頭の中にある世界を目で見てみたくなるんですよ。ゲームも作ってキャラクターも作ってお話も作って、そしてそこに音も付けてみたいな。その曲は「人に聴いてもらいたい」っていうよりも、そのゲームの中に自分の曲を使いたくて仕方なかったんですよね。別にそれは人に聴いてもらうとか、そういうのではなく使いたいがために作ってる。

−今もそういうもの作っていたりするんですか?

Y:やっぱりゲームをやることによって曲が浮かんじゃうんですよ。だから曲を作るには欠かせない道具で、そのままゲームの曲として作った曲に歌詞が付いてアルバムの中の曲になったりとか、そういうのはありますね。

−音楽やゲーム制作に目覚めたより子さんは、やがてインディーレーベルからCDを出すことになるわけですが、最初のキッカケは?

Y:スカウトですね。友達が芸能界に入ってて、その友達が関係者の人に私のことを話したら、向こうが興味を持ってくれて「会いたい」と言ってきて、その時断ろうと思ったんですけど、「レコーディングスタジオに来てくれ」と言われたんですよ。機械が大好きな私としては「こりゃあ行くしかないだろ!」と思って行ったら、機材がバーッ!とあって、「ここに泊まりたい!」と思って(笑)。その時に「音楽の勉強してみない?ゲームも作らせてあげるから」って言われたんですよ。で、気が付いたら「っていうか歌手じゃん・・・」っていう感じだったんですけど。まぁでもそれはやっぱり運命っていうか正しかった。逆に「まだゲームミュージックを作る時期でも、映画のバックの曲を作る時期でもなかったんだな」っていう風にすごい思って。で、この先、色々とそういう音楽も「作っていけたら良いなぁ」とは思ってますね。

−今後、それをやれる機会はいくらでもありますもんね。

 活動休止前のインディーズ時代の“より子。”を知る人は、まず“より子。”へのイメージをリセットしてほしい。というか、リセットさせられるのがメジャーデビューアルバムである今作『Cocoon』なのだが、これを聴くと彼女の本質ってやつを知る。そして、その本質が凄まじいエネルギーを放っていることを知り、結構驚くと思う。“より子。”のイメージはもしかするとちょっとした癒し系だったかもしれないが、メジャー・デビューに際し「。」を取った“より子”は実にパワフル。歌い手としての魅力はさることながら、音楽を創作する能力の凄まじさを感じさせる。もう根っからのアーティスト。『Cocoon』を聴いて、この“より子”の言葉を読めばあなたも同じ感想を持つと思う。

対談

より子
×
Tetsuo Hiraga

1st ALBUM
Cocoon

01.introduction
02.I share all with you
03.それでいいのですか?
04.忘れられた桜の木
05.親愛なる絵描きさんへ
06.安里屋ユンタ
07.Happy Birthday To You
08.Truth is there
09.今、あなたを愛すること
10.Break the Cocoon
11.あなた

TOCT-25580
¥3,000(tax in)

2005.1.26 in STORES

<より子 オフィシャルサイト>
http://www.yorico.jp/

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より子

Y:今後の方が確実にやれそうだなっていう。そういう機会はきっとあるんだろうなって思うので、全然焦ったりとか、「そっちの方に行かなきゃ!」とか本当に思わなくて、今自分がやっていることとちゃんと1対1で向き合える余裕を持って。だからそういう夢を広げるのもすごく楽しい。

−そのインディーレーベルから最初に出たCD「Aizenaha」に、去年ソニンさんがカバーしたことでも話題になりましたが、「ほんとはね。」という曲が入っていたわけですよね。あの曲は当時どんな想いを込めて作った曲だったんですか?

Y:その頃は、恋愛の歌しか通用しないと思い込んでいたんですよ。だから「ほんとはね。」も今でこそやっと「良い曲だな」と思えるようになったんですけど、当時は本当に絞りだして絞りだして、もうどうやったら良いか分からない!って苦しみながら生んだ曲っていう感じで。みんなにとってはすごく良い曲として受け止めていただけたみたいなんですけど、当時の私は違和感を感じていました。でも、今回「Cocoon」というアルバムを作ったことによって本当に前の曲とも向き合えるようになって、その時の自分を受け入れられるようになったから、この曲も今聴いて歌ってみたりすると「けっこう良い曲なんじゃん」って思えるようになりました。だから今の方が前の曲を理解してると思うんですよね。

−でも当時はかなり苦しんだわけですね?

Y:そうですね。歌う曲も初めて書いたんですよ。どういうものか分からなかったから、1年間色んな人の曲を聴いて歌詞を読み漁ったんですけど、いまいち意味が分からなくて。ゲームミュージックを作っていたのは、メロディだけで伝えられるって確信があったからで、「私のスタイルはこうだ!」っていうのが小さい時から何故か頑なにあったんですよ。「言葉はいらないだろう」っていう風に思っていたので、歌詞を書けるようになるまですごい大変でした。

−自分で作った歌モノの曲に愛着が持てない時期があったんですね。

Y:とりあえず自分がキッカケを出すだけだったんです。だからなかなか愛着も湧かないし、ものすごい勢いで物事が進んでいって、自分の音楽がどんどん、自分自身がどんどん壊れていく感じがして、「もうダメだなぁ」と思って、もう1回自分の音楽をやるために活動を休止したんですよ。

−心境的には「もう堪んない!」っていう感じだった?

Y:そうですね。やっぱりプロモーションって本人を知ってもらうものだと思っているんですけど、ものすごい数の人たちが私の名前を知ったとは思うんですけども、私は自分の「音」についてももっと知ってほしかった。どんどん進んじゃってて、私のことなのに私が関与してないから、だから何とも言えないっていうか説明も出来ないっていう感じなんですよ。で、今この『Coccon』まで来て、私のことを応援してくれているみんながプロモーションしてくれている、そのやり方は本当に見ていて「これこそプロモーションだろう」っていう感じがするんですよ。だからこそ私もそのスタッフの人たちに応えられるし、またちゃんと説明してくれるんですよ。「これはこういうことでこうだから、こうなんだ」って。私も例えばそれが自分にとってすごい苦になることであっても、ちゃんとそうやって本音で真っ向からぶつかってきてくれるから、「分かった」って言えるし、またそうやって説明してくれるから、そのスタッフの後ろにいる、その話を持ちかけてきた人のやろうとしていることも理解出来る。

−自分の意思とは関係のないところで“より子”が動いていく感じだったんだ?

Y:むしろ客観的に何故か自分の行動を見てるっていう感じだった。でも、本を出したあの行動は正しかったと思うんですよ。本は全部本当のことが書いてあるし、自分の文字でも書いてあるから、あれは出して良かったなとは思う。で、さらにそうやって自分の書いた文章をみんなが読んでくれて「この子の文章面白いな」って感じてもらって、雑誌とかで連載が出来たりとか、そういうのにも繋がったんじゃないかなとか思って。自分のすごくマイナスな要素の中でプラスのことを見つけるのがすごく至難の業だったんだけども、今までいっぱいマイナスがあったから、今全部プラスに変えられていっているんですよ。オセロでいっぺんにひっくり返るみたいに。まぁ変えられていけるのは、より子チームのみんなが居て、私に対して対応してくれて理解してくれているからプラスに出来るんですけど。だからあれはあれで良かったなと。サバイバルで良かったなと思うし、色んなことを知れたし見たから、『Coccon』が出来たし。だからもう今は本当に感謝してる。「『Coccon』が出来ただけでもう私は幸せです」っていう感じ。

−あの横浜アリーナに立ってことも、当時は素直に嬉しいとは思わなかった?

Y:もう訳分からなかった。横浜アリーナに行ったのがあの時初めてだったんですけど、あの大きさに本当にビックリして、「こんなに大っきいところがあったのね・・・」って(笑)。しかもテレビでしか見たことのない人の多さ。「なんだこりゃぁ!?」と思って。

しかもグランドピアノがすーっごい豆みたいに見えるんですよ。しかもステージに立っちゃうと周りが全然見えないので、私が1人だけで歌ってるような感じで、すっごいあり得ないような緊張感を覚えましたね。だから「私、こんなに広くなくて良いや」って思った(笑)。「もっと近くて良いや」と思って。

−その直後、活動を休止されるわけですが、その活動休止から再開までの期間にはどんなことがあって、再開に至ったんですか?

Y:出会いなんです。活動休止した途端に曲がドバッ!といっぱい出てきて、それの1発目が「それでいいのですか?」だったんですけど。最初、自分の音楽をやるために活動休止して、イコール事務所も辞めるということだったので、どこかに所属するとか全然考えてなかったんですよ。それ以前にボロボロになってたから休まなきゃいけなかったんですね。で、「1年、2年、3年とか、本当に何もしないでいよう」と思ってて。海外とかに遊びに行こうかなとか思ってたんですけど、その思ってる間に『Cocoon』に入ってる曲が出てきたんですよ。本当に2〜3ヶ月とかでものすごい大量に出てきて。で、これは本当に出てきちゃったから出てきたっていう、書きたくてじゃなくて、今まで抑えていたものが全部溢れ返ってる感じだったので、出すだけ全部出そうと思って。でも「これはきっと誰にも聴かれないでこのままいくんだろうな」と思っていたので、出てきたら出てきたままでそのままにしといたんですよ。そしたら、『より子。のオールナイトニッポンR』の時からすごい応援してくれてる人がいて、その人に「事務所辞めようと思ってるんです」ってメール送ったら、「久しぶりに会おうか」ということになって会って話をしたら、初めてこのフィールドで自分を理解してくれてる人がいたんだなっていうことに気が付いて。

−その出会いが大きかったと。

Y:はい。それでその人と色んな話をしたら「(自分と)この人は同じ方向を向いてる」と思って、「一緒にやっちゃう?」って言ってその場で一緒にやることになって。で、結局プロデューサー兼マネージャーのような存在になってくれたんですけど、その時に「やっぱり歌う人は歌わなきゃダメだ」って言われたんですよ。それが妙に心に突っ掛かって、なんか突き動かされた感じ。「私の使命ってやっぱり歌うことなのかな」と思って。でもその人も私があと2〜3年くらい掛かるのかなってやっぱり思ってたみたいで、アルバム出すにしても。だけどそうやって1人でも理解してくれる人が現れた時に、私の回復力はもの凄くて、グワッ!とどんどん回復していって、さらに1人、2人、3人、4人って自然と理解者が集まってきてくれて。で、その時に作っていた曲を聴いてもらったら初めて「まるまる良いね」って言ってくれて、その時初めて自信が持てたし、何かを取り戻した。信念だったり色んなものを取り戻して、「じゃあレコーディングしようか」ってレコーディングして。初めて本当に1から10まで全部自分の曲に関わって、こだわって、1曲1曲全部作って。私よりもみんなの方が「この曲良いよね」って盛り上がってくれるような状態にまでなり、ライヴをやったりってしていったら、自分でもいつの間にか「あ、私大丈夫かも」と思って、「やろう」と思いました。だからメジャーデビューして自分を取り戻すアーティストっていう(笑)。珍しいっちゃあ珍しい、そういう感じですね。

−今回のレコーディングも、今までとは全然違う気持ちでやれたんじゃないですか?

Y:気持ちも違うし、録り方自体も違うし。本当に私がすごく音が好きで音にこだわるから、名刺(彼女は自分の名刺を持ち歩いている)に“音屋”って書いたんですけど、もう「こんな風にレコーディングして良いんだ」と思って。すごいんですよ、みんなやりたい放題だし、思ったことはバンバン言うし。私も思ったことを何でも言えたのが自分でも「奇跡だ!」と思いながら。でもこれはもう「とことんやるべきだ」と思って。ちゃんと主導権を自分が握っていたのにものすごく驚いた。で、やっぱりそうすると本当に自分がその曲と向き合うから、曲のことも深く理解できるんですよ。制作って完成した後に「この曲ってこういうこと言ってたのね」っていうことに気付かされるんですけど、今回は1曲1曲が作っていて深かった。で、レコーディングをやりながらものすごく成長して声がガラッと変わったんですよ。開放されていった感じなんですけど。

−なるほど。

Y:あと、「今、あなたを愛すること」という曲は、前は好きになれなかったタイプの曲で状況だったんですけど、「自分の曲は愛してあげなきゃいけないんだ、自分の子どもと一緒だから」って気が付いて、ものすごい「ごめんね」っていう気持ちになって懺悔したくなったんですよね。本当に初めて懺悔っていう気持ちを味わって、教会で録ることになったんですよ、不思議な流れで。それで、チャーチオルガンもピアノもパーカッションもこれだけは全部自分でやらせてもらったんですけど、教会の中って不思議な空気で、何も音がしない中でヘッドホン付けて歌ってると、「ここ何処?」っていう感じになって。で、録り終わっても良いか悪いか判断できないんですよ、なんか麻痺しちゃって。で、数日後にこれがちゃんと出来上がって聴いた時に、「私、こんなに歌上手かったっけ!?」ってすっごくビックリしたんですよ(笑)。「本当にこれ私が歌っているのね?」っていうくらい、本当にそのままの自分の声が出てて、こういう色んな新しい自分と、どんどん元に戻っていく自分と、開放している自分を曲から教えられてて。それって本当にすごく幸せなことで。とにかくこのレコーディング中は成長できたし、感謝してます。面白かった。

−そのレコーディングもありつつ、全国6ヶ所を回ったコンベンション・ツアー(『第一回 より子挨拶廻り(独唱)』)はどうだったんですか?

Y:ツアーは面白かったですね。初めて行く場所もいっぱいあって、今までインディーズの頃もインストアライヴでは行ってはいたんですけど、あまり時間もなかったので、行ったら日帰りですぐ帰るっていう。だからその土地を何も見ないし、人とも接触しない感じだったんですよ。でも今回のツアーは泊まりで行って、「泊まっちゃうんだ!」っていう中で(笑)。

−それがまず新鮮だった?

Y:まず新鮮!ライヴが終わった後にご飯食べに行くじゃないですか。その土地の美味しい物だったり旬の物を食べるっていうことも「なんてリッチなんだろう!」みたいな(笑)。で、さらにプロモーション活動で色んな人と会える。とにかく全部が自分の中で“超リッチ”だったんですよ(笑)。北海道に行った時は、今までウニが食べられなかったんですけど、東京のウニしか食べたこと無いから。最初にヤバいウニを食べたらしくてダメだったんですよ。だけど北海道に行ってウニを食べたら、「あれ?味違くない?」って思って、まずウニを克服出来て(笑)。さらに地元の人たちとの交流っていうか、普通に接する感じが、「あ!私すごくオープンになってる」と思って。人と普通に最初から笑顔で話せるようになってたんですよ。そうすると笑えば向こうが笑い返してくれるんだなっていうことに気が付いて、こっちから一生懸命「これ聴いて」って言えば、「応援するよ」って言ってくれるんだっていうことに気が付いた、そんなツアー。すごく楽しかった。またお客さんとかも真剣に聴いてくれるんですよ。すごい可愛い女の子とか来て「可愛いなあの子」とか思いながら、「あの男の子も可愛いな」とも思いながら、1人テンションを上げながら歌ったりして(笑)、楽しかった。

−ツアーはかなり実のある出来事だったんですね。

Y:うん。すっごい実のある出来事でした。

−そのツアーを経て、今年に入りましてアルバム『Cocoon』がリリースされるわけですが、まず『Cocoon』というタイトルにはどんな意味が込められているんですか?

Y:最初は仮タイトルだったんです。「適当に“Cocoon”で良いんじゃない?」っていう。「Break the Cocoon」という曲があるじゃないですか。その曲に“Cocoon”って付いてるから。で、この曲が核になっているから「“Cocoon”て付けとけ」くらいの勢いで私が適当にポン!と付けておいたら、完成した時に「あ!これって“繭”じゃん」と思って。で、このアルバム自体が繭で、その中にこの曲たちが入ってるじゃないですか。これって、繭の中に幼虫が入ってて、全部その幼虫が旅をしている風景なんですよ。で、旅をしていて最後に「Break the Cocoon」。“Break=破る”“Cocoon=繭”で、「“繭を破って飛んでいく”っていうアルバムだったんだな!」と思った時に感動して、不思議だなって思いながら。やっぱりそれって前の自分に対しても歌っているんだろうし、これからの自分に対しても歌っているんだろうし、私じゃなくても聴いてくれる人にもきっと繭はあると思うんですけど、人は常に自分を打ち破っていってると思うんですよ。何か嫌なことがあっても乗り越えなきゃいけない。そういう感じなのかなって思いました、作った後に。このアルバムは本当に作りながら教えられた感じです。

−収録曲についても触れていきたいんですけど、まず最初の「introduction」で感謝の言葉を歌ってますが、あれを頭に入れようと思ったのはどういう気持ちから?

Y:実は最初「introduction」は無くて。で、最初に想像していた1曲目が「Truth is there」だったんですよ。「でも何か違うよね・・・」って思ってて、何か違うよなぁと思った時にふと浮かんだのが、ずっと前に作っていたメロディ。それは歌用でもなくて多分ゲームミュージックみたいな、何か思いついて作った曲だったと思うんですけど、何故かそれがポン!と浮かんできて。で、それに今の自分の気持ちを付けたら普通にハマって、これをイントロダクションにして次に「I share all with you」にしたら良いんじゃないかなと思って、それがバッチリで。歌詞に関しては、すごく感謝したかったんでしょうね、みんなに。あと、この「introduction」と最後の「あなた」は宅録なんですよ。

−“よりスタ。”ですね?

Y:はい。自宅です。楽器に囲まれて、機材に囲まれてっていう感じです。ギュウギュウです。

−その「introduction」からの流れで「I share all with you」というナンバーに流れていくわけですが、この曲にはどんな想いを込めて歌われてますか?

Y:これは今まで出したことのない自分の奥の方の歌で。これは本当に今までダメだったやつなんですよ。なんだけど本当の私の素直に出てくる部分って、この「I share all with you」と「今、あなたを愛すること」と「Break the Cocoon」、あと「あなた」かな。それが私の中ではグルグルとキーポイントとして回ってる曲たちで。特にどんな想いとかはハッキリ言って分からないんですけど、今まで出せなかった曲を受け入れてくれたこと自体が私の中ではものすごくビックリで、同時にすごく嬉しいし、「I share all with you」と「Break the Cocoon」で自分のことをすごく認められたっていう感じなんですよ。まだ「I share all with you」の曲って自分の中であまり理解できてないんです。だからこれはまだもっともっと歌っていかないと、きっとインタビューとかされても答えられないだろうなって思う。

−これから?

Y:これからかな。

−3曲目の「それでいいのですか?」ですが、意外と自分に向けて歌ってる曲なのかな?って思ったりもしたんですが、実際はどうなんですか?

Y:実際は私から見た大人の人たちのイメージで、「このまま落ちぶれてほしくないな」と思った応援歌としてでもあり、「自分はこうならない!」っていう決意でもあり。でもやっぱり「それでいいのですか?」に書いてあることって私はどうも理解できなくて、何でそういう発想になるのかが分からなくて、こっちから見ていると「本当にそれで良いの?」って思っちゃうから、ただ単純なそういう問いかけを詞にぶつけたというか。でも色んなことがあったほんの一部分の自分の中の言葉なんですよ。

−すべてではなく?

Y:うん、本当にほんの一部分で。だけどこれを「吐き出せた」っていうだけでも少しスッキリしたというか。

−続いて、「忘れられた桜の木」ですが、この曲のストーリーにはモデルがいるみたいですね。

Y:はい、モデルがいて。これだけインディーズ時代に作った曲なんですよ。で、昔に一度レコーディングしてあったんですね。すっごいキレイなオケだったんですけど、そのオケが壮大すぎてちょっと恥ずかしかった。受け付けなくて。で、プロデューサーの中にあったイメージは本当に真逆で、バイオリン1本とピアノ1本と声だけっていう街の中の映像が見える感じで。私も「あ!これか」と思って、その時のレコーディングで歌えるようになって、録って。実はこの「忘れられた桜の木」と「あなた」はひとつの物語として繋がってるんですよ。作った時期は全然違うんですけど、曲の中に出てくる2人が消えて無くなってしまう感じというか、世界観が一緒で、不思議なんですが。ミステリアスな1曲でした(笑)。

−続いて、「親愛なる絵描きさんへ」ですが、これは絵描きさんのモデルがいたとかではなく?

Y:親友の子に宛てた手紙です。初めて特定の人に向けて書いた曲。今までそういうの書いたことなかったんですよ。ビートルズの「ヘイ・ジュード」とかあるのに「何で1人の人に向けて書いちゃいけないの?」ってずっと思ってて、そしたらプロデューサーが一番最初「一緒にやっちゃおうか?」っていう話があった時に、「誰か友達に向けて書けば良いじゃん」って言ったんですよ。「こんなこと言う人初めてだ」と思ってビックリしちゃって。それでその親友の子に向けて書いた曲を吉沢さんに持っていったら、自分が一番見て欲しいところを彼がズバッと「良い」って言ってくれたから、それがまず私が立ち直るキッカケだったんですよね。だからこれは色んな意味で起爆剤になった。で、一番最初に持って行った曲だったかな。だからまだレコーディングの時とか声が弱ってる感じがするんですけど、でも忘れられない曲ですよね。

−続いて、「安里屋ユンタ」。この沖縄民謡を歌おうと思ったキッカケは何だったんでしょうか?

Y:ライヴをやりながらプロデューサーと「童謡何か入れたいね。歌いたいね」って話をしてて、私はすごい「安里屋ユンタ」が好きだったので、「こういう歌があるんですけど」って言ったら「良いね」って言われて、ライヴでやったら「やっぱり良いね」ってなって。で、「アルバムに“安里屋ユンタ”入れよう」って。そんなノリなんです。このCDはレコードとして考えていて、レコードってA面B面あるじゃないですか、そのひっくり返す作業に「安里屋ユンタ」を使うと、「何だこれ!?」って一瞬思うじゃないですか。それがひっくり返す作業。で、またその後バーッて聴く。で、また「あなた」から「introduction」に繋がってもう1回聴いちゃうみたいな、そういうのを作りたかったみたいで。それはもう正に「してやった!」という感じで。友達に聴いてもらった時にもそういった反応をしてて、本当にこれはひっくり返す作業になってるんだと思ってちょっと感動した。

−実際に竹富島に行ってレコーディングしたんですよね?

Y:はい。浜辺の上に座って歌いました。すごい面白かったです。

−台風が来てたのに、レコーディングが始まる直前になって台風が去ったというエピソードがあるんですよね?

Y:水牛に頼んだんですよ。

−(笑)

Y:水牛に「安里屋ユンタ」を歌って聴かせたら、水牛が気に入ってくれた。要は声を気に入ってくれたらしく、ジッと聴いてて私のことを見てくるんですよ。それで、水牛に「レコーディングの時だけで良いんで晴れにしてください」と言って、またいっぱい歌ってあげたら、水牛が「しょうがねぇな」っていう感じの目をしたんですよ。私がそういう風にしか捉えられないくらいの顔をしてて。そしたら本当に「さぁ撮りましょう」って言ったら雲がパーッ!と引いて、炎天下になっちゃって、私はヤケドするくらい真っ黒に焼けちゃって。で、10〜15分だったんですけど、歌い終わったら不思議なことにまた雲が来て、風が吹き、雨パラパラみたいな。「すげぇな、水牛!水牛に頼んでおいて良かったよ!奇跡だな」と思って。

−三線を弾いてる河上美奈子さんという方はどんな方だったんですか?

Y:島で蕎麦屋をやってるおばちゃんで、蕎麦屋をやってるんですけど三線の師範で。こっちでも結構活動してるんですけど、やっぱり上手くて1音1音がお腹に響く。で、その人と一緒にレコーディングしてから、事ある毎に必ずちくわを送ってきてくれるんですよ。すごい美味しいちくわなんですけど、時々食べきれないっていう(笑)。そのおばちゃんと1日目のレコーディングで一緒にいて、2日目は島の観光案内をしてくれたんですよ。その時に2日しかいなかったのに「私からのプレゼント」って言って、そこにしかないような名刺入れを買ってくれて。で、その後ゴーヤとかくれたりして。すっごい大きいゴーヤだったんですけど。やっぱりフレンドリーなんだけど、ものすごいサバサバしてる。だから自分はすごく付き合いやすくて。あと、私は沖縄本島の人だと色んな人にずっと勘違いされてて、色んなところを巡るたびに「あなたどこの島から来たの?」とか言われて、「東京です!」って言いながら(笑)。でもみんなフレンドリーにしてくれて、なんかすごい好き。良い人。

−そこでも良い出会いが多々あったんですね。

Y:ありましたね。「また何か一緒にやれたらやりたいな」とか思っちゃったりなんかして(笑)。

−続いて、7曲目の「Happy Birthday To You」ですが、これは元々お母さんのために作った曲だそうですね。

Y:はい。「親愛なる絵描きさんへ」に続き、人に向けて書いた曲第2弾で、お母さんが誕生日だったので「プレゼント何にしようかな?」と思ってて。うちのお母さんってプレゼントとかあまりいらないタイプなんですよ。別に自分の誕生日に興味ない。すっごいサバサバしてるから「何かあげるって言ってもなぁ・・・」と思って。親だから自分をよく知ってるし、これは今自分の状態を行動で示そうと思って。それがプレゼントだし、「きっと親孝行だ」と思って歌を作ってあげたら、珍しく照れてたんですよ、これが!

−(笑)。

Y:「うわっ!照れてやがる。これはしてやった!」って(笑)。で、そのままアルバムに入ることになって。これが一番最初のレコーディングだったんですよね。まだこの時すごく歌うことに戸惑ってる自分がいて、活動再開後の一番最初のレコーディングだったから色々分からなかったんだけど、もうそこのスタッフのみんなが私の緊張を解そうと変な踊りとかしてくれてね。でも有り難かったですけどね。「もうそこまでしなくて良いよ」っていう感じだったんですけど(笑)。でも出だしが楽しいレコーディングだったので、「これなら大丈夫かな」って思えましたね。

−続いて、8曲目の「Truth is there」ですが、この曲にはどんな想いを込めて歌われてるんですか?

Y:これは曲を作っててサラッと出てきたんですよ。で、最初曲調もすごいメジャーな感じで、でも後半に行くに従い“より子”くさくなってきて、最後は“より子ちゃんね”っていう感じになるというか。この曲はもう1人の自分に向かって歌ってるのかな。“一緒に歌ってよ それだけで いいから”とか。何でもそうだけど言わなきゃ相手に伝わらないし、思ってるだけで行動しなかったら何も始まらないしっていうところで、もう1人の自分に向けても歌ってるし、私じゃない相手の人にもそうだし。このアルバムを聴いてもらって歌ってもらえれば、きっとそれだけで伝わるんだろうなっていう、単純にそういう気持ちで書きました。だから歌とか一緒に歌えば絶対楽しいし、ハモってるだけで楽しいし。誰かと歌い合ってると色んな発見もするし、引き出されます。

−続いて、「今、あなたを愛すること」。先程も語っていただきましたけど、教会でのレコーディングはまたやりたいですか?

Y:そういう曲がもしまた出来たらですね。でも教会で1回ゴスペル隊の中に入って歌ってみたいです。『Aizenaha』に入ってる「イロ」っていう曲で、コーラスの黒人の2人と歌ったんですけど、すっごいその瞬間だけ拓けたんですよ。「あ!これだ」と思って。その後『天使にラブ・ソングを...2』とかそういうものに出会って、私の奥の方にあるのは、こういう“ソウル”なんだなっていうことに気が付いたんですけど。だから教会でもし歌う機会があったら、是非!ゴスペル隊と歌ってみたいです。

−続いて、「Break the Cocoon」。この曲は元SIAM SHADEのDAITAさんのギターありきの曲ですよね?他の収録曲と色が違って驚かされました。

Y:これは私の思い通りに作ってしまった曲なんですけど、私が思い通りの注文をすればするほど、アレンジャーの方が「より子ちゃんってSIAM SHADEみたいな音が好きなんじゃないの?」って言ってくるんですよ。その時の私はそんなにSIAM SHADEのことは詳しくなかったんですけど、テレビで聴くたびに「この人たちの音は好みだな」と思ってて。で、「SIAM SHADE好きだよ。解散した時悲しかったしね」とか言いながら。そしたら「これ、DAITAさんにやってもらえば?」っていきなり言うんですよ。私はその時「何て突拍子も無いこと言うんだ、この人は!」と思って、「そんなこと出来るわけないじゃん!」って言ったら、「やってもらえば良いじゃん」ってなおも言い続けてて。私は本当にそんなのあり得ないだろうと思っていたら、気が付いたらマネージャーから「DAITAさん捕まりました」とか言われて、「捕まったー!?マジで!マジで!」って、自分の中では現実のことじゃないくらいに思えて。そしたらDAITAさんと会うことになって、事務所に行ったら、本当にそこに居るんですよ。「うわっ!居る」と思って。それで「あ・・・どうも」みたいな感じで。

−(笑)。

Y:それで曲をDAITAさんにも聴いてもらったら、すっごい気に入ってくれて、ビックリしたんですよ!そんなに気に入ってもらえるとは思わなくて。で、まず「自分と世界観がすごく似てた。だからすごく入りやすかった」っていうのと、「これは僕が弾く意味がすごく分かったから引き受けた」と。「なるほどな!」と思って。私は何か話しててすごく同じ音が頭に流れてる人だなと思って、欲張ってもうひとつ曲を聴かせたんですよ。そしたら「何を言いたいのか全部分かった」って言って、「これはDAITAさんに今後もお世話になるかもしれない!」と思って「一緒にやってください」って頼んで。そしたらレコーディングの日に「100回は聴いてきた」って言ってて、「本当ですか!?」って言いながらリハとかやって全部弾いた時に、私が打ち込みで全部弾いたエレキのメロディを完コピしてたんですよ。打ち込みでやったものを完コピする人って「エーッ!?」ていう感じで、本当に私が作ったものがそのままここに出てきた瞬間。それこそ本当に今までやりたかったこと。しかも私が「DAITAさん、そこをこうして」って言う前に彼はそのメロディを弾くんですよ。「何?このテレパシー」みたいな(笑)。

−抜群の相性だったわけですね。

Y:もう私、あまりの好みさに笑い転げてました(笑)。それで「Break the Cocoon」が完成したのは、「私の頭の中にある音は現実に出来る音だったんだな」っていうのを証明された瞬間だったんですよ。本当に解き放たれた感じがして、多分繭の中でようやく息を吹き返した感じ。こんなに自分のやりたいことしかやらなかった曲が出来て、言葉にならないですけど、自分の中でも奇跡で。こんなに自分に素直になれたのは初めてだったっていう曲。完成してアルバムを渡したら、DAITAさんから「その日4回くらいリピートして聴いちゃったよ」ってメールが来て、「DAITAさんも気に入ってくれたんだ。良かったな」と思って。マジ良かった!すごい嬉しい!

−そういう意味でも特別な曲になったわけですね。

Y:うん。あと、最後の方はDAITAさんにフリーで弾いてもらったんですけども、またそのフリーで弾いたものが自分の打ち込みみたいに聴こえて、「何これ!?」っていうくらい。だから自分のサウンドなんだなっていう感じ。すごい癒し系のイメージが強いじゃないですか、「ほんとはね。」が最初だったから。でも「Break the Cocoon」がやっぱり私の中で根本にあるからバラードが歌えるし、バラードがあるからロックが歌えるわけですよ。で、「今、あなたを愛すること」と「Break the Cocoon」が2つあって、それを行き来してる感じ。でも「どっちか?」って聞かれて“パッ!”と出てくるのは「Break the Cocoon」かな。だからみんな最初は多分ビックリするだろうけども、「これが元々の私です!」っていう感じなんです。

−そして、ラストの「あなた」ですが、この曲はどんなイメージで描いていった曲なんですか?

Y:これも「I share all with you」と一緒で、この曲の中に私のもうひとつの世界があって、そこに色んな人たちが住んでて、それが例えばRPGの世界だったりするんですけど、その中のとある住人の曲なんですよ。だからこれこそ自分の中から出したことにちょっとビックリっていうか。ほとんど小説みたいな感じで書いてて、詞の方は。で、メロディも本当にゲームミュージックを作る気持ちに一番近く作った。歌う曲としてではなくて、そういうゲームミュージックとして作ったから、もしかして一番自然かもしれないですね。悲しい歌です。「悲しいけど幸せ」っていうような歌かなと。

−以上11曲入りのアルバム『Cocoon』ですが、このアルバムには、2月13日SHIBUYA-AXで行われるライヴの応募ハガキが付いてくるみたいですが、AXのライヴは「こういうライヴにしたい」とか、今からあったりしますか?

Y:このアルバムを良い意味で超えるような音で届けられれば良いなと思います。これ以下だと絶対ダメだと思いますね。これを超えるようなサウンドが届けられれば一番。ものすっごいバンドメンバーが揃っちゃったんですよ。自分の中では「もうこれ以上は無いだろう!」っていうようなメンバーが揃っちゃって、ある意味プレッシャー(笑)。でもすごい人たちなので、その人たちに引き出されれば、どんどん引き出してもらえれば「一番発揮できるかな」っていう感じ。やっぱり良い人と一緒にやれば良いプレイが出来るから。あとは「素直に歌うしかないな」っていう。

−それでは、最後に読者の皆さんにメッセージをお願いします。

Y:「introduction」の歌詞をそのまま伝えたいですね。それが今の気持ち。「ありがとう」っていうのと「初めまして、より子です」。で、「今までの私をリセットして聴いて下さい」っていう感じですね。

Interviewer:平賀哲雄