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YOSHIKAが音楽シーンに帰還。約3年ぶりのニューアルバム『World』の完成に合わせて、同じく約3年ぶりのインタビューを敢行しました。久々に会った彼女は相変わらず元気で、無邪気によく笑っていたけど、そこで語ってくれた言葉の数々からは3年前にはなかった逞しさや凛々しさを感じさせました。R&Bというカテゴリーからその歌を解き放ち、自ら作曲までをも手掛けるようになった“今のYOSHIKA”を思い存分にご堪能いただきたいっ!
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−−アルバム『timeless』リリースタイミング以来、約3年ぶりのインタビューとなります。まずはYOSHIKAさん、おかえりさなさい!
YOSHIKA:どうもありがとうございます!嬉しいです!
−−2005年5月にメジャーデビュー。2006年1月にアルバム『timeless』。同年3月に東京と大阪でワンマン。同年5月に結婚・妊娠発表。同12月にお母さんに。どれだけ忙しいんだっていう(笑)。
YOSHIKA:てんやわんやで(笑)。
−−音楽活動が軌道に乗ってきたところで、お嫁さんとお母さんになること決定!って、実際のところどんな気分だったの?
YOSHIKA:私は嬉しかったんですよ。あんまり仕事の軌道が乗ってきたとか、そういう流れみたいなことに関しては、私は多分気にしないタイプなのかな?「どっちが大事」とか、そういうことではなくと言うか、運命はこういう風に来てるんだなとしか思えなかったんですよね。だから本当に私にとっては自然なことだったんです。
−−で、そこから3年間はどんな日々を?・・・って子育てだよね(笑)。
YOSHIKA:そうです!妊娠してるときは超ヒマだったんですけどね(笑)。ゲームとかやって過ごしてました。やっぱりつわりとかもあるから思うようには動けないんですけど、今思い返すと激ヒマ人。で、出産後は1才まではちゃんと付きっきりで子供を見てたいと思っていたので、実際に完全母乳で育てていたんですよ。「絶対母乳オンリーで育てる!」っていう私なりの決意があって。ずっとそうやって育てていたんで、他のことはほとんど出来なかった。だから母乳が終わって、保育園に預けることが出来てからですね、仕事や音楽のことを本格的にまた考え出したのは。
−−その時期の音楽との付き合い方とか音楽への情熱みたいなものは、どんな感じだったの?
YOSHIKA:妊娠が分かって活動が休止になったときに、いろいろとスムーズじゃなかったんですよ。自分の気持ちとか、私を取り巻く環境とか、世間的な順番とか、すべてがしっくりいかなくて。スルッと行かなかったんです。で、活動が休止になって一人でいろいろと考える時間があったりして、胎動が聞こえたり、子供がお腹を蹴ったりしてる中で、自分はこれからどうしていけばいいのかなぁって、ずーっと考えてて。「もう辞める!もう絶対やんない!」って家中で叫んだり泣いたりしてる時期があって(笑)。もうすごく情緒不安定で。妊婦ってそういうものだと思うんですけど、何もかもが不安で仕方ないんですよ。見たこともないものがお腹の中で動いてて、その命を目で確認できないのもすごく不安だし、自分のこれからの行く先とか音楽に対する不安が全部一緒になっちゃって、だから「辞める」って。でも「何のために」とか「どうしたいのか」とか、またイチから考えてみたら、そういう不安定な中でもずっと支え続けてくれたスタッフやファンや家族に向けて音楽を作ることが出来ればね、私はそれでいい、それしかないって考えに辿り着いたんです。それで「また歌おう」って。
−−ちなみに、m-floやm-floを介して仲良くなったアーティストとか、どんどん活躍していくわけじゃない?そこで「あ〜早く私も!」って気持ちにはならなかったの?
YOSHIKA:そうだなぁ・・・あんまりそういう気持ちにはならなかったかな。多分、私は子供を産んだ時点で、みんなと同じように積極的に活動したりすることはできないって分かっていたから、そういう考えにはならず。もう素直に「あ、日之内エミちゃん可愛い」とか(笑)。そういう目線でいろんな人たちを「頑張ってるんだなぁ」って見ながら応援してましたね。私はもう違う路線に居る感覚だったので。
−−まぁでも「YOSHIKAが結婚・妊娠」の知らせを聞いたとき、正直YOSHIKAなら良いお母さんになりそうって思いました。というか、最初に会ったときからお母さんっぽい印象だった。
YOSHIKA:フハハハハハッ!・・・ってこの笑い方か(笑)!
−−いや、おばさんっぽいわけじゃなく、すごくあったかい人だなっていう印象が僕の中にあったので。
YOSHIKA:嬉しい。
−−で、子供をあやしながらでも歌っていくんだろうなって思ってたら、実際に去年のm-floのツアーは子供を抱えながら廻っていて。
YOSHIKA:そうなんですよ。もうね〜、大変でした。そのときは母乳全盛期で(笑)。まぁ私の母親が手伝ってくれていたんで、なんとかツアーを廻ることができたんですけど、あんまり思い出せないぐらい怒濤の日々でしたね。ステージは2時間ぐらいあって、自分の出番の合間とかに楽屋に戻ることはできたんですけど、衣装着たらもうおっぱいあげられないから、とりあえず着る前に飲んでもらって(笑)。でもね、逆にあれぐらい小さい時期だったから出来たっていうのもある。もう来月で2才になるんですけど、今だったら動き回っちゃって厳しかっただろうなって。私がステージで歌ってても「ママのとこ行く!」って大変だったと思う。
−−僕は横浜アリーナの公演で久々にYOSHIKAさんの生歌を聴いたんですけど、感動しました。全くブランクを感じさせなかったし、むしろ気持ちの入り方とかすげぇ成長してるって思って。
YOSHIKA:そう言ってもらえると嬉しいです。私もすごく楽しかったんです。子育てしながらではあったんですけど、久々の仕事がああいうライブだったので。みんなにも会えたし。すごく新鮮で楽しかった。それまでは子供としか向き合ってなかったから、以前こういう世界を知っていたはずなのに、また新しい世界に出会えた感覚だったんですよ。だからすごく大事にその現場現場に向かっていたと思うし。
−−ちなみにあの時点で今回のアルバム『World』等のリリースの話は出ていたんでしょうか?
YOSHIKA:話はしてましたね。だけど動き出せてはいなかった。やっぱり合間を縫って出来るような作業じゃないので。なので「アルバムを作ってみようか」って具体的に動き出したのは今年の春ぐらいです。今作『World』のトラックとかを作ってくれているプロデューサーと「どんな方向性にしていこうか?」っていう話を始めて。で、彼が「R&Bとか、そういう枠組みとかじゃなくって、YOSHIKAの歌を聴かせるアルバムが良い」って言ったんですよ。そこからとりあえずトラックを作ってもらって、歌詞と歌を乗せてみた最初の曲が『In My Hand』で。それでどんどんどんどん「こういうのはどうか?」って提案してもらったり、私から提案したりする中で曲が集まっていった。そういう感じですね。
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