ステージ上のスクリーンに映し出されたモノクロの世界でひたすら回転を続けるカギ。S.E.のビョークのナンバーと妙にハマって早くも僕らの頭は非現実的な空間へと誘われ始めている。左右を見渡せば、あちらこちらにアーティスティックなモノクロ写真。僕らはそれらを見つめながらイスに腰掛け、アルコールを煽り、今日の主役の登場を待ち侘びる。
ステージに出揃うバンドメンバー。暗転。聞こえてくるのは『Mement Harmonious』。調和のはじまり。音に吸い寄せられる心。その心を肉体で表現してみせる踊り子。未だ誰も踏み入れたことのない世界が開かれる。始まる。さぁ僕らをもっとその世界に陶酔させておくれ。その願いを叶えるべく、彼女はこの世界の中心に二本の足を降り立たせる。チェロの響きと共にのびやかに、まるで天使のそれをイメージさせる歌声がこの世界に最初の色を付ける。「こんばんは、坂本美雨です。ようこそいらっしゃいました」と、嬉しそうに笑う天使。そのまま彼女が歌い始めたのは『オキナワソバヤのネエサンへ』。この曲が持つノスタルジーをこんなにも美しく愛おしく感じさせるのは、間違いなくその声の力。このまま肉体が砂となって海に流されてしまいそうな感覚をおぼえる。容れものから解き放たれた僕らの心に響いてくるのは、古くから聞き覚えのあるメロディ。『The Other Side Of Love』。すべての時間の流れと思考の動きが止まり、音楽の力だけを強く感じる瞬間。正しくハートを鷲掴み。彼女はそんなたくさんのここに集まったハートに「こんなのもあるよ」「こんなのは好きかな?」と、胸をワクワクドキドキさせながら一生懸命に音楽を聴かせてくれる。僕らは楽しくて、切なくて、心地良くて、満たされる。
彼女はこの世界を共に創造する仲間たちを僕らに紹介すると、それまで聴かせてくれたどの音楽よりも心の鼓動を早くする音楽を披露してくれた。『Opus And Mayverse』。どこまでも天高く舞い上がるように高揚していく音楽と僕ら。続いて、彼女は亡くなってしまった尊敬すべき人への想いを歌い始める。『The letter after the wound 』。たくさんの人の前で歌うのは初めてと、はにかんでいたけれど、彼女はその心を目一杯広げて歌っていた。そして僕らは、キレイすぎる声は時として悲しいと知った。
彼女の声が聞こえなくなって我に返る人々。再びステージには、くるくると回るカギ。花を手に踊る人。しばらくしてステージに戻ってきた美雨は、再びその口元から溢れている声とは思えないほどの美しい歌声でもって『Ride Ride Ride』を歌い始める。すっかり自由になってしまっていた僕らの心は、何もかも忘れて気持ちよさそうにその音楽の海を泳いでいた。もはやこの肉体は何でもない。ただただ硬直しているだけ。響く声、音楽に反応する心。もうここにはそれしかない。
「スペシャルゲストが今夜は登場します」と言って、先日Spumaでのアコースティックライブでも共演したおおはた雄一をステージに招き入れる美雨。これまた幻想的で力強い彼のギターの音色に優しく包まれながら彼女が歌い始めたのは『遠くへ行きたい』。まるでこの曲が人間のすべてを知った曲のようにすら感じさせる二人の存在感、説得力のある声、音。続いては、美雨とおおはたの二人だけで『one more second』を、そしておおはた雄一の楽曲『おだやかな暮らし』を披露。いずれも二人のハーモニアス度の高さを感じさせるもので、まるで長年連れ添った夫婦のように二人が見えた。美雨が笑顔をこぼし、それを見つめておおはたがギターを奏でて始まった『シロネコ』もその声と音の重なりの心地良さといったらなかった。ぜひ二人でレコーディング作品を一曲でもいいから作っていただきたい。
おおはた雄一と入れ替わりでステージに戻ってきたバンドメンバー。そしてそれは静かに、そして突然に僕らを雲の上へと誘った。『空中庭園』。今度はもう体まで空に浮かんでいるような気分。で、その気分に何よりも合ったナンバーが目の前で披露された。『THE NEVER ENDING STORY』。彼女が、そして僕らが夢見た世界がこの空間に一気に広がっていく。ファルコンに乗って世界を駆け巡ったあの少年のように、僕らはこの音楽によってその胸を弾ませ、目を見開いて、手に汗を滲ませて自由に飛び回る。しつこいようだけど、本当に夢みたいだった。
この日のライブのアンコールでは、坂本美雨が人生で一番最初に自発的に聴くようになったというTM NETWORK、そのユニットの中心人物である小室哲哉のソロ曲『永遠と名づけてデイドリーム』のカバーが披露された。まるで自分のモノのように歌い上げたこの曲、「こんなにも良い曲だったっけ?」と思ってしまうほど、感動的な楽曲に生まれ変わっていた。幼い頃から大好きだったその曲を歌い終えると、彼女は再びおおはた雄一をステージに招き入れ、ビー・ジーズの『Melody Fair』を披露した。この曲も完全に坂本美雨の世界を通してより美しい楽曲へと生まれ変わり、大きな感動をみんなの心の中に巻き起こしていた。そしてこのライブの最後に、彼女が去年の夏、初挑戦したシェイクスピアの【真夏の夜の夢】の舞台のために作ったあの曲を自らピアノを弾きながら披露してくれた。『midsummer night's dream』。
さぁ心の中の凍りついたモノすべてを溶かしてしまおう。そして子供のように泣けばいい。この世界ではそれが許される。いやきっと本当は、この世界でなくとも許されるのだ。この音楽のように調和された世界でなら。どこでも、いつでも。
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