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Petticoat Lane PRESENTS
THE EXHIBITION AND VIDEO FESTIVAL OF THE YELLOW MONKEY 『メカラ ウロコ・15』
2004.12.26(SUN)東京ドームにて。



 90年代のロックシーンを語る上で欠かせないアーティストってどれくらいいるんだろう。まあ人によってその数や列挙されるアーティストはある程度は変わってくるだろうし、見方によっちゃあ全然違ってくる事だってある。けどその芯のような存在、中心的な存在感を持ったアーティストは確かにいる訳で、THE YELLOW MONKEYがその一組であった事に異論を唱える人はそういないだろう。煌びやかだけどどこかチープな雰囲気を併せ持ったグラムと昭和歌謡、そしてロックとポップを擦り合わせながら、確実な人気や評価に留まる事を捨て、常に進化する事を選んだ4人。バンドの名前は勿論、いつもどこかシニカルかつ飄々とした雰囲気で日本のミュージックシーンを渡り歩いてきた彼らの15年の軌跡「THE EXHIBITION AND VIDEO FESTIVAL OF THE YELLOW MONKEY 『メカラ ウロコ・15』」から溢れ出したのは、彼らが築き上げてきたモノの壮大さと、それに比例してしまった彼らの脆さ、だった。

 ビデオ上映前から記念館にはすでに数多くのファンが詰め掛け、会場となった東京ドームは今年、例年に比べると人気実力共にやや不調気味だった巨人関係者が見たら涎が流れるだろう程に大混雑。会場外にはグッズ販売ブースや大きなモニターに事実上のラストライヴとなった「メカラ ウロコ・8」の映像が流れ、すでに釘付けになっているファンも多数いた。また、この日は第49回有馬記念の開催日と重なっていたため、WINS後楽園(東京ドームの真隣)に集まるおじ様を中心とした層とイエモンファンが入り混じる明らかに異様な空間に仕上がっていて、何となく“らしさ”を感じたりもする。馬とロックが水道橋を占拠!とかとりあえず言ってみたくなった。

 ともあれ会場内は早くも長いトイレ待ちの列とこもる熱気。歴代のドームライヴ経験者のプレートが並ぶエリアでは「メカラ ウロコ・8」時のTHE YELLOW MONKEYの写真を写真に撮る、という何だか不毛というか笑っちゃうような人だかりにも遭遇し、いざ本会場たるグラウンドへ入ってみると、「PUNCH DRUNKARD TOUR 1998/99」時を再現したステージとそこに集まる数え切れない人。何か既に涙出そう。会場内には既に涙目になっているファンが多数いたし、ひょっとしたらもう泣き崩れてる人もいたんじゃないだろうか。切ないノスタルジーが渦巻く空間。東京ドームは“葬式”のようなムード全開である。

 やがてはじまった「THE EXHIBITION AND VIDEO FESTIVAL OF THE YELLOW MONKEY 『メカラ ウロコ・15』」では、デビュー前に彼らが根城とした渋谷La.mamaでの貴重なライヴ映像やオフショットにはじまり、彼らの軌跡を辿りながらデビュー直後のTV出演映像などで笑いも交えながら進んで行く。曲が流れればその度にオーディエンスの合唱が始まり、メンバーのトークでは水を打ったように静かに、じっとその画面に釘付けになる。中でも印象的だったのは、肩を組んだ4人が楽しそうに歌なんかうたいながら「仲良しでーす。いつまでも一緒にいようなー」なんてふざけ合うシーンで、この瞬間に思わず涙を流してしまった方も大勢いただろう。

 「THE EXHIBITION AND VIDEO FESTIVAL OF THE YELLOW MONKEY 『メカラ ウロコ・15』」は海外で『SUGAR FIX』を演奏する彼らなど、とにかく貴重すぎる映像を中心に2時間弱放送し、最後はフルコーラスの『バラ色の日々』でエンドとなった。エンドロールも終わりしんと静まりかえる会場。誰もがその登場を心待ちにしていた。2001年1月の活動休止以来、実に約4年ぶりにオーディエンスの前に現れた4人。“葬式”という事で黒を基調としたいでたちで彼らがゆっくりとステージを歩いて行くと、方々から悲鳴にも似た歓声。誰もがまさか、と想いながらも熱望していた、「もう一度だけ。もう一度だけでもいいからあなた達の音を聴かせて欲しい」。無言のままアリーナの中央に位置するステージで楽器を手にする3人。ドームの屋根が引き裂かれてしまいそうなほど哀しく響く歓声が切ない旋律のギターフレーズと重なる。回るミラーボールの光に映し出されるのは35000粒の涙。THE YELLOW MONKEY、見守るスタッフや関係者、オーディエンス。ここにいる全ての人が最も大事にしてきた楽曲『JAM』はこの日に最も相応しく、最も演奏して欲しくなかった楽曲だった。ソラで覚えてしまったメロディを自分は歌う事が出来ない。隣に座る人は立っていられない程に号泣している。ライヴでは恒例となっていた、終奏の大合唱。いつしか演奏が鳴り止み、オーディエンスの悲痛な合唱だけがドームに響く中、「そのまま歌ってて下さい」と吉井が一言告げ、メンバーはステージを後にする。たった1曲だけの演奏だった。

 落胆、感動、憤慨、感謝・・・、様々な想いが渦巻く歓声の中、ビジョンに映し出された4人の顔。ロックンロールゴリラこと廣瀬“Heesey”洋一、八王子のロック兄弟、菊地“Emma”英昭と“Annie”英二、そして吉井“Lovin”和哉。最後はマイクを通さずに「ありがとう」と笑う4人の笑顔が、大きなビジョンを通してオーディエンスに届けられた。

 結局、THE YELLOW MONKEYは最後までTHE YELLOW MONKEYだった。盛大にファイナルライヴを行う事も、ノスタルジーに浸りながら言葉を語る事もしなかった。ファン、スタッフ、音楽、そして自分自身とTHE YELLOW MONKEYに取り巻く全てに対して正直すぎた4人、時に少年の様に無邪気に全てを愛し過ぎた4人だからこそ、これ以上続ける事は出来なかったし、綺麗に、華麗には終わる事はできなかった。「吐きそうになるくらい切なく、言葉では言い表せない気持ち」、解散を発表した文書に書かれていた吉井和哉の言葉。賛否両論あったこの最後だが、これが必然だったんだと思う。4人が紛れも無く音楽とファンを愛していた、その想いが痛いくらいに伝わってくる、千切れそうなほど切ない最後だった。

Live Report:杉岡祐樹

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