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戦いの矛盾
アメリカで同時多発テロが起きた頃、僕はのんきに自分の部屋でテレビドラマを見ていた。香港か台湾の人気女優が主演のラブストーリーだったと思う。その最終回のラストのシーンが今正に始まろうというときに、テレビの画面はビルに突っ込む旅客機の映像に切り替わった。最初はその旅客機がラジコンのヘリコプターのように見えて、「おいおい、これからってときに!」と思った。やがてそれが世界中に衝撃と波紋を呼ぶとんでもない大事件であることを知ったが、何日かすると自分の心配はあのドラマのラストシーンがしっかりと放送される機会はあるのか?という、今思えば実に罰当たりなものになっていたと思う。その後、僕の大好きなアメリカのバンドが同時多発テロで亡くなった人々への追悼の意を込めたアルバムを作り、それを聴いて自分も一緒に追悼の意を捧げてる気になった。でもまた別の大好きなアーティストがアルバムを出す頃にはそんな気持ちはどこへやら。なんて奴だ。でもこれが平和な国で生活を送る人々の感覚なんだと思う。少なくとも自分の周りには、同時多発テロのことを今話題にあげる人はいない。
話は変わる。今年の9月30日、熊木杏里が初のワンマンライブを渋谷で行った。まるで彼女のこれまでの道のりと輝く未来を祝福するかのようなライブで、「今彼女はこんなにも多くの人に愛されるようになったのだなぁ」と、しみじみ思った。そのライブの最後の最後で初披露された『戦いの矛盾』。あの曲が音源として僕の手元に届いた。その時期プロモーションを受けていた大量のアーティストのCDやMDを聴くのを後回しにして、その音源を聴いてみる。『戦いの矛盾』という曲の中で彼女は何度も「私は満たされすぎている」と表現していた。あの日のライブでもそう歌っていた。ただ今思えばあの時は『戦いの矛盾』という題材にチャレンジした熊木杏里に驚いていただけで、この曲に込められているものの本質には気付けていなかった気がする。これはもちろん彼女の歌だけど、僕らの歌でもある。僕らは満たされすぎている。彼女はそれをおなかのど真ん中で受け止めて、素直に歌にした。世界中に確かに存在する戦災者や難民からすれば、贅沢な言葉だ、「私は満たされすぎている」なんて。でもこの事実を認めずに平和な国で生活を送る僕らにはリアルなんて到底感じることはできない。そうして初めて生まれる申し訳なさ、情けなさ、そういった想いが培わせてくれる豊かでリアルな感受性。悲しい事件があれば、もうそんなことが二度と起きないようにと願う心。救いを求める手があれば、非力ながらも差し伸べようというやさしさ。やがては平和のために具体的な行動を起こす勇気だって芽生えるかもしれない。本人がこの曲を聴いた人にそんなことを感じてほしくて作ったかどうかは分からないけど、そんな大きなきっかけになり得る歌に出逢えたことは、僕の中ではとても大きい。そして、そんな風に思う人がこれから一人ずつでも増えていくのなら、音楽はやっぱり素晴らしいと思う。(文:平賀哲雄) 01.戦いの矛盾 02.囃子唄 03.いつか七夕 |
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